INTERVIEW

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COOK : CASPER : VERY 其の二

12/05/14

ZERO MAGAZINEインタビュー!

CMK!

其の二!

COOK氏の驚愕暴走&レゲエ話!



VERY氏が語るアジアグラフィティ最前線!

などなど、毎度のことながら四方八方に転がりつつインタビューは爆進します!

CMK-OLD.jpg

Z:
暴走族は楽しかったですか?

CO:
めちゃくちゃ楽しかったですね。

その後からレゲエをやりはじめました。

Z:
レゲエで何をしてたのですか?

CO:
歌ってました(笑)。

Z:
なんと!

実はそうだったんですね。

名前は?

CO:
IZUMI MANです。

Z:
IZUMI MAN(笑)!

なるほど!

泉州で和泉だからIZUMI MAN。

CO:
RED PROMOTIONの下っ端でやってました。

ぜんっぜん芽が出ませんでしたけどね(笑)。

Z:
じゃあ、ザビエル君のとこですね。

CO:
そうですね。

Z:
そういえば先日!

ザビエル君をなんかのDVDで見たんですけど...

芸者みたいな格好で白粉みたいなのを塗って、えらいことなってましたよ(笑)。

バカ殿みたいになってDJしてました。

IZUMI MANはどういう内容の曲を歌ってたのですか?

CO:
ナタデココの歌です。

Z:
うわっ!

ダッサ〜(笑)。

CO:
♪ココはどこ?ナタデココ♪

みたいな(笑)。

Z:
みんな、これ知ってました?

CA:
やってたのは知ってましたけど、ナタデココは知りませんでしたね(笑)。

Z:
他には?

CO:
あとは、トイレの歌とか。

Z:
それはどういう歌ですか?

CO:
トイレに入ってお母さんに内緒のことをやってるって内容です。

Z:
オナニー(笑)?

CO:
はい、便所でシコるっていう(笑)。

Z:
なるほど(笑)。

IZUMI MANはどれぐらいの期間、活動してたのですか?

CO:
3年ぐらいですね。

Z:
RED PROMOTIONの思い出とかありますか?

CO:
RED PROMOTIONがやってるGANGSTAっていうSHOPの店長として働いてた頃がありました。

Z:
GANGSTA?

CO:
はい!

大阪の和泉大宮の駅を降りたところの田んぼの横にあるレゲエバーです。

Z:
はいはい!

ありましたね。

ドラム缶が置いてあるような感じの?

CO:
そうです。

Z:
レゲエの店って、たいがいドラム缶置いてますよね。

昔あったエイリアンスポットっていうハコもドラム缶が置いてあって、周りで暴走族がいっぱい走ってましたね。

ソッコー帰りましたもん(笑)。

CO:
働いてたレゲエバーの壁に、グラフィティが描いてあったんですよ。

それを見て、俺もこれやったらできるんちゃうかな?ってことで絵を描きはじめたんですよね。

そこらフライヤーを描いたりして活動を開始しました。

Z:
なるほど。

とりあえず目立ちたかったんですね。

CO:
なんかやりたかったんだと思います。

cook2.jpg

Z:
COOKの名前の由来は?

CO:
絵を料理する人になりたい!

みたいな感じです。

Z:
かっこええやん、それ(笑)。

なんかちょっとだけかっこいいですね。

CO:
ナタデココで笑い取れたんでええかな、って(笑)。

あと、オトンが料亭やってたっていうのもあるんですよね。

もういまは閉店してなくなってしまいましたけど、僕は後を継ぐつもりで料理の修行してたんですよ。

Z:
ええ?

そうだったんですね!

IZUMI MAN。

CO:
そうなんですよ。

高校を中退してからオトンの料亭で働いてたんですけど、仕事は夜まであったんですよね。

そんな中、周りのみんなはバイクでブーブブブッ!ブーブブブッ!鳴らして走ってるわけですよ。

それを見てめっちゃおもしろそうやな...

と思い。

仕事へ行かなくなってしまったという。

Z:
調理場でトントントンが!

CO:
バイクでブンブンブンになってしまったんですよね(笑)。

Z:
うっわ〜!

あれ乗りたいな...とウズウズしたんですね。

友達はみんな暴走族だったんですか?

CO:
そうですね。

Z:
そりゃ料理やってる場合じゃないですよね。

それでオトンの料亭もつぶれてしまったと。

CO:
最近まで頑張ってたんですけどね。

Z:
最近までっ!?

CO:
そうなんですよ。

体調が悪くなってリタイヤしてしまったんですよね。

Z:
そうなんですね〜!

VERYとCASPERは昔から遊んでた仲ですけど、IZUMI MANは当時、別行動だったわけですね。

CO:
はい、ひとりでやってました。

アメリカにもひとりで行ってましたね。

現地で本場のグラフィティを見たら、何かを得れるやろうって思ってたんですけど、圧倒的なスキルとヤバッ!っていうインパクトだけを体感して帰ってきました。


Z:
なるほど、ではその時点でまだ3人は出会ってなかったんですね。

CA:
たしか、COOKと初めて出会ったのは2000年ぐらいです。

COOKがアメリカへ行ったのは、僕らがグラフィティをはじめるより前なんですよね。

Z:
じゃあ、COOK君が先輩ってことになるわけですね。

CA:
ええ、かなり先輩ですよ。

キャリアはHEVIさんぐらいじゃないですかね。

CO:
臭いメシを食ってる期間がなければ、もっとみんなと早く出会えてたんですけどね。

Z:
ちょっと待って!

その辺のコアな話はもうちょっと後で聞きますから(笑)。

VERY君は描きはじめた頃から、名前を売り出てやる!って感じだったのですか?

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VE:
僕は最初、TAGとBOMBにしか興味がなかったんですよ。

いまはいろいろ描くんで何でもやりますけど。

とりあえず、名前を売りたいっていうのはありましたね。

Z:
大阪にCMKができたときは、NBSとCMKの2つだけだったのですか?

CA:
そうですね、当時の大阪はその2つだけだったと思います。

Z:
...。

はい、続けて勝手にしゃべってください(笑)。

自分もそこまでグラフィティを深く知らないので、フリができないですから(笑)。

CA:
ああ、分かりました(笑)。

とにかく、NBSの存在は大きかったですね。

Z:
NBSはZEN君とCOSA ONE、その2人ですよね?

CA:
他にウエノさんNEXT、AMOR、LINDAさん、など何人もいましたよ。

Z:
その人たちはもうやってないのですか?

CA:
たぶんやってないと思いますね。

LINDAさんはまだやってるかも知れないですけど。

グラフィティはどうしても犯罪なんで、ずっと続けていくのはなかなか難しいと思いますね。

50歳を超えて活動を続けるのもけっこう体力が必要ですし。

VE:
あと、アジア方面に行ったら、30代で街に描いてるって言うとびっくりされるんですよね。

まだやってんの!?みたいな。

海外の人たちは早く仕事をGETしてデザイナーとかそういう職種に就きたいみたいなんですよね。

だから、最初のスタンスでずっとやってるのは変だ!みたいなことを言われましたね。

Z:
どこの国で言われたのですか?

VE:
あれは中国でしたね。

Z:
そっか、VERY君は本を作ってるからいろんな国に足を運びますもんね。

何カ国ぐらい回ってるんですか?

VE:
同じ所が多いんですけど、数でいうと12〜13カ国です。

アメリカ、韓国、インドネシアは何度も行ってますね。

Z:
海外のおもしろエピソードはありますか?

VE:
おもしろエピソード...捕まったりとかですかね。

あんまりおもしろくないですね(笑)。

Z:
捕まり方にもよりますけどね。

懲役行った系も控えてますから(笑)。

海外へ行くとおもしろい奴もいっぱいいるでしょ?

VE:
ほんと変な奴ばっかりですね。

Z:
スキル的にやっぱりアメリカやヨーロッパはすごいと思うんですけど、おもろさでいうと、どの国がヤバいですか?

VE:
インドネシアはとりあえず描いてる人の数が多過ぎて、わけが分からない感じですね。

シーンがぐちゃぐちゃな状態です。

いまは中国、韓国、台湾、タイ、インドネシアといったアジア勢がすごいですね。

グラフィティシーンが急激にできあがってきてます。

日本はやっぱりイリーガル色が強くて描いていい場所がないんで、なかなか発展しない現状がありますね。

Z:
アジアでは特にどこが勢いありますか?

VE:
台湾はグラフィティバトルをよくやってて盛り上がってますね。

Z:
なるほど、台湾すごいんですね。

ところで、VERY君は女の子に描いたりしてますよね?

あれはなぜ描こうと思ったのですか?

VE:
『B BOY PARK 2001』で友達と女の子に描きはじめたんですけど、それがおもしろかったんですよね。

東京の友達と酔っぱらって...

『かわいい子に描こう!』

ってことで、女の子50人ぐらいに描いて、写真を撮りました(笑)。

Z:
それはなんて声をかけて描くのですか?

VE:
グラフィティ好き?

どうっすか?描かしてくださいよ!って。

それで、ひとり描いてるのを見たら周りの女の子も!

『描いて、描いて〜!』

ってノリで私も!私も!みたいになってくるんですよね。

その写真コレクションをアルバムに入れて持ってたら、外人の友達がめっちゃビビるんですよ。

『おお!すげぇ!!』



自分的には酔ったノリで描いてたんですけど、意外と周りの反応がおもしろかったんですよね。
だからしばらく続けてましたね。

Z:
もう女の子に描くのをヤメたのですか?

VE:
もうあんまりやってないですね(笑)。

Z:
それで...

みたいなこともあるんですか?

VE:
はい?

Z:
ヌイたりとか。

VE:
(笑)!

それは別問題ですよ(笑)。

Z:
写真を売ってくれ!

とかないですか?

VE:
ないです、ないですよそれは(笑)。

Z:
CASPERも女の子に描いてるんですよね?

CA:
そうですね、やってました。

最近はやってないですけど。

Z:
なぜ?

CA:
嫁に怒られるんで。

Z:
ショッボ〜(笑)!

怒られなかったら続けたかったですか?

CA:
続けたかったです(笑)。

その写真を雑誌にしたくて集英社に持ち込んだことがあるんですよね。

顔が写ってるから全員に許可を取らないとダメって言われて断念しました。

エロ本に近い感じの作品を作りたかったんですけどね。

Z:
それは集英社に持ち込んだのがいけなかったんじゃないですか?

コアマガジンに持っていかないと(笑)。

なんてったって天下の集英社ですよ。

ところで写真は何枚ぐらい持ってるんですか?

CA:
たぶん200〜300枚ぐらいありますね。

Z:
おお!

持ってますね。

CA:
けっこう出せないような写真もあるんですよ。

過激なヤツが。

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CASPER氏が投げた布石、過激な写真!

その内容は一体!?

次回はまさかの...グラフィティ話、一切ナシ!

男が集まれば話すことはただひとつ!

アゴが外れるほどの爆笑○○話でお送りします!

どうぞご期待ください!

次回更新日は5月21日月曜日です!

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COOK : CASPER : VERYも参加している!

RESSURECTIONです!

是非会場にお越し下さい!!!

COOK : CASPER : VERY 其の一

12/05/07

ZERO MAGAZINEインタビュー!

今回のお相手は!?

大阪のグラフィティーシーンを!

圧倒的なスキルとぶっちぎりの笑いで作り上げてきたスーパー集団CMK!

COOK!CASPER!VERY!の御三方を迎え、インタビューを敢行!!

生々しいシーンと丸裸な爆笑秘話が混在する、驚天動地エピソードフルコースをどうぞ!!!

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ZERO MAGAZINE(以下Z):
今回は!

大阪の汚物...いや違う。

嫌われ者のCOOK!CASPER!VERYのみなさんに来ていただきました(笑)。

CMK:
はい!

よろしくお願いします(笑)。

Z:
それではひとりずつ。

右から...

懲役行った系の?

COOK(以下CO):
COOKです(笑)。

よろしくお願いします。

Z:
その隣りは何系?

CASPER(以下CA):
エロがっちりデブ系のCASPERです。

よろしくお願いします!

Z:
はい(笑)。

それでは最後に。

VERY(以下VE):
VERYです。

Z:
あっかんわ〜!

VERY君、作らないと(笑)。

VE:
すんません、ボケつぶしです(笑)。

Z:
では!

もう一回!

最初から!

CO:
懲役行った系のCOOKです!

CA:
エロがっちりデブ系のCASPERです!

VE:
落書き系のVERYです!

Z:
う〜ん...

まあ今日は良しとしておきましょう(笑)!

次はもっと考えてくださいよ。

浪花の人でしょ?

関西といえば?

VE:
お笑いですね。

Z:
やっぱり、そこの部分を入れていかないと。

まず、今回のART SHOW、『RESURRECTION』が終わりましたけど、どうでした?

CO:
いろいろ大変なことがありましたけど、達成感はありました。

VE:
達成感あった系です。

CA:
これだけの人数でやったのは初めてやったんですけど、それがすごく良かったですね。

Z:
じゃあとりあえず良かったということで、この話は締めてしまいましょう(笑)。

東京でもRESURRECTIONが開催される予定なので、抱負を聞かせてください。

では、懲役行った系のCOOK君から。

CO:
はい、臭いメシを食った系のCOOKです。

Z:
臭いメシ食った系COOK(笑)。

はい、どうぞ。

CO:
東京開催にあたっては、僕も作品を増やそうと思ってます。

今回の大阪編で学んだことを振り返って、勉強して挑みたいですね。

Z:
じゃあ、VERY君は?

VE:
大阪ではグラフィティ系じゃない人たちもたくさん来てくれたんですけど、東京はもっと広がるかなと期待してます。

Z:
はい、エロがっちりデブ系は?

CA:
え〜っと、ここオチですよね?

VE:
そんなんゆーたらあかんやん(笑)。

CA:
そうですね(笑)。

頑張りたいと思います。

Z:
ま...

まさかの!

オチつぶし...!

CA:
え、

え〜っと...

ご飯いっぱい食べたいと思います!

Z:
なるほど、東京でご飯をいっぱい食べると。

OK、分かりました!

そもそも、CMKのオリジナルメンバーって誰ですか?

CA:
一応、DISEと...。

Z:
あれ?

その肝心のDISE君がここにいませんね?

CA:
はい。

いま料理人を目指して修行中です。

Z:
CMKの集まりには来ないけど、その近所の店には顔を出している系のDISE君ですね。

CA:
そこは一応オフレコで(笑)。

Z:
もうオフレコなんていらないでしょ(笑)。

CA:
えっと、オリジナルメンバーは、DISE、VERY、CASPER、JOE、MSY、の5人ですね。

Z:
CMKをなぜ結成しようと思ったのですか?

CA:
それはですね、VERY君が説明してください。

CMKKKK1.jpg

Z:
ではVERY君、なぜ結成されたのですか?

VE:
もともと、DISEがアメリカでやってたCREWを持って帰ってきたんですよ。

それをCMKで描きだそうって形ではじまりました。

Z:
大阪に新しい風を吹かそうと思って結成したんですよね?

VE:
いえいえ!

ただDISEはCMKをやりはじめたときに、CMKばっかり描いてたんで、NBS描け!って怒られてましたけどね。

Z:
それで、お前らもう店に来るな!と出入り禁止になったんですね。

VE:
そうですね。

Z:
ちなみに先日、出禁BOYSっていうCREWを作ったんですよね。

DKB-365っていう名前なんですけど(笑)。

AKBに勝ちますから。

もちろん、君たちも加入してますよ。

今度、Tシャツを支給しますんで待っててください(笑)。

CA:
分かりました(笑)。

Z:
たしかに、CASPERとDICEはかなり怒られてましたね。

なぜ怒られたのですか?

ここはいっときましょう!

HEVIさんに言われても、自分が説明しますから。

CA:
DISEがその頃、めちゃくちゃ調子にのってたというか、他のグラフィティアーティストをDISったりしてたんですよね。

それを聞いたHEVIさんが、

『お前...知ったような口聞くな!』

って怒って、出禁BOYSになったんです(笑)。

ドライバーを喉に突きつけられてましたよ。

Z:
その頃って、CASPERたちも子供でしたもんね。

何歳でした?

CA:
20歳ぐらいですかね。

Z:
若かったですよね。

変な奴がいるな〜って思ったのをすごく憶えてますよ。

あの店、なんていう名前でしたっけ?

CA:
SLAVEですね。

Z:
そうそう、DISE君の名前を知らなかったから、からあげ君って呼んでました(笑)。

CA:
最初の頃はいろんな人にずっと怒られてましたね。

Z:
自分らこんなことで怒られました!っていうエピソードありますか(笑)?

CO:
僕はまだ初期の頃は知らなかったですね。

Z:
懲役行った系でしたもんね(笑)。

CO:
はい!

臭いメシ食った系でしたから(笑)。

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CA:
エピソードといえばそうですね...

CLUBで人の彼女のお尻を触って、詰められたことありました。

30人ぐらいに囲まれましたね(笑)。

Z:
すぐに詰められますね(笑)。

CA:
その人にも脇が甘いって言われました。

Z:
そうなんですね。

CA:
脇の甘さがCMKのいいところでもあるんですけどね。

いろんなものを吸収するというか。

VE:
怒られたら分かるみたいな。

Z:
なるほどね(笑)。

とりあえず、グラフィティをはじめるきっかけを聞いていきましょう。

CA:
僕はですね、DISEと定時制高校が一緒やったんですよ。

そこで出会った瞬間に声をかけられたんですよね。

Z:
なんて声をかけられたのですか?

CA:
『自分ダンサーなん?』

と。

Z:
(爆笑)!!!

ちょっと、ひとつ確認していいですか?

CASPERはその頃から太ってました?

CA:
ええ、95キロはありました。

でも、『自分ダンサーなん?』ですよ(笑)。

DISEは学校で絵ばかり描いてましたね。

Z:
なるほど、DISE君はすでに描いてたんですね。

CA:
彼は帰国子女なんで、アメリカで覚えてたんですよ。

すでにアメ村のストリートにも描いてましたね。

Z:
出会いはそういうきっかけだったんですね。

VERY君は?

VE:
HIPHOPが好きやったんで、DJやったりダンスかじったりしてたんですよ。

それでまあベタですけど、映画の『WILD STYLE』を観て興奮して、すぐにスプレー買って描きに出かけたって感じです。

Z:
そのスプレーはどこに買いにいったのですか?

VE:
たぶん、コーナンとかそういったホームセンターですね。

サンデーペイントみたいなふつうのスプレーでした。

Z:
そういうのでは描けないんじゃないですか?

VE:
ボヤけたラインぐらいやったらノーマルでも描けるんで、そのままやってましたよ。

Z:
ひとりで?

VE:
最初の1年ぐらいは、ずっとひとりで描いてましたね。

そうこうしながら情報収集してたら、SLAVEに行き着いたんですよ。

そこにはビデオとかキャップとかもいっぱい置いてて、すごい!と思いましたね。

Z:
その頃は店に誰がいました?

VE:
ウエノさんでしたね。

ウエノさんと喋りに行くために、毎回1000円ぐらいの買い物をするようにしてました。

そこでDISEとかと出会ったんですよね。

Z:
ところで、なぜVERYという名前なんですか?

VE:
中学校のときのあだ名なんですよね。

当時、武田真治が人気でベリーショートな髪型が流行ってたんですよ。

僕が通ってた学校って泉南のほうでしたから、角刈りやリーゼントといったヤンキーばっかりやったんですよね。

そこに僕がベリーショートで登校したもんやからみんなは、

『なんなん!?その髪型?』

ってことで、あだ名がベリーショートになったんですよ。

そこからVERYって感じですね。

だから、地元でVERYって描くとバレるんで描かないようにしてます。

Z:
じゃあ、CASPERは?

CA:
僕はお化けとかUFOとかが好きなんですけど、ちょっと怖いイメージもあるじゃないですか。

だからCASPERならかわいい感じかなと。

Z:
なるほどね。

懲役行った系COOKさんのグラフィティとの出会いは何でした?

CO:
地元の先輩のところに遊びに行ってたら、エアブラシをやっている人を紹介してもらったんですよね。

エアブラシが入り口だったんですけど、その人が持ってたgraffiti magazineを見て一気にハマりました。

Z:
もともと絵が好きだったのですか?

CO:
そうですね。

暴走族の単車に塗ったりとか、そういうのが好きでした。

Z:
プラモじゃなくて本物のほうだったんですね。

CO:
単車にファイヤーパターン描いてくれ!とかよく言われましたね。

描いたらめっちゃ喜ばれましたよ。

Z:
お前やるやんけ!

と?

CO:
CBXカラーのファイヤーパターンにしたりとか。

Z:
なるほど、青、白、赤とかね。

単車に描いてたのは何歳の頃ですか?

CO:
暴走族をやってた頃なんで10代ですね。

グラフィティをやりはじめたのは20歳です。

Z:
暴走族やってたんですね。

役職は?

CO:
もちろん平隊員です(笑)。

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まずはご挨拶ていどのジャブ話!

回を重ねるごとに!

フック!

ストレート!!

アッパーカット!!!

と!

強烈さを増していきます!

次回はグラフィティとの出会いや!

実はそうだったんだ!

話などなど、てんこ盛りでお送りいたします!

次回更新日は5月14日月曜日です!

MURASAKI其の四

12/04/30

ZERO MAGAZINEインタビュー!

MURASAKI君、いよいよ最終回!

どっぷりとレゲエに染まったMURASAKI氏は、現場で大役を仰せつかります!

そして、大阪で安住の地を求めた...

と、思いきや!

まだまだ飛びます遠くまで!

止まることを知れず西へ東へ遊牧のごとく大移動!

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Z:
Rottonは大学を出てますからね。

M:
自分的にも彼からいろいろ学べたのが大きかったです。

そんなこんなで、俺は担当がHIP HOPだけど、遊ぶ所はレゲエみたいなスタンスで働いてました。

そこから徐々にレゲエと深く関わっていったんですよね。
ある日、Rottonに、

『REBEL MUSIC CAMPっていうのをやるんやけど、ロゴを作ってくれへん?』

って言われたんですよね。

よっしゃ!

出番きた!

ここや!

スーパーカー消しゴムの色塗りと一緒や!

と、腕の見せどころになったんですよ。

Z:
Rottonは喜んでくれました?

M:
どう?ってデザインを渡したら、

『バッチリや!』

って喜んでくれましたね。

それがきっかけで、イベントのポスターや、カセットテープのジャケットなんかも作るようになったんですよね。

さらに...

『MURASAKI君、BOBOスタイルのRASTAってな、旗振りっていうのがおんねんけど、旗振り部隊が必要やねん。やってくれへんか?』

って頼まれて!

やるよ〜俺〜!クニちゃん〜っ!!!

って引き受けました。

Z:
自分は、その旗振りを見たことがありますよ(笑)。

たしか京都のイベントだったと思うんですけど、MURASAKI君が思いっきり旗を振ってました。

この人...

何してんねやろ?って思いましたよ(笑)。

なるほど、そういう理由だったんですね。

M:
そうなんですよ。

『旗振りっていたら、めっちゃシブいねん!』

って言われたから俺も、

ぜひ〜っ!!!

ぐらいのノリで(笑)。

Z:
そういうのを知らなかったから、てっきりMURASAKI君が酔っぱらって、テンションが上がってしまって旗を振ってるのかと思ってましたよ(笑)。

M:
ちゃいますよ(笑)!

超真剣でしたから。

Z:
当時、レゲエのイベントで2階に通されて上から眺めてたら、MURASAKI君がえらい勢いで旗を振ってたんで、あんなキャラやったっけ?って不思議に思ってたんですよ。

あのCISCOの人、テンション上がりまくってんな〜って(笑)。

M:
その旗についても、

『MURASAKI君、BOBO RASTAっていうのはな、宗派が違って緑色が下やねん』

って力説されましたね。

Z:
そういえば一度、Rottonの家へ行ったときに、RASTAに傾倒しつつあった後輩を連れていってたんですけど、最初はいい感じで酒を飲んでたのに、最後はRASTAの話でRottonと1時間ぐらい言い合いになってましたからね(笑)。

自分はRASTAのことを何も分かってないから、その間に挟まれてめちゃくちゃ辛かったですよ。

連れて行った後輩は有名なテキトー野郎で、ウィキペディアでしか情報を得てないような奴だったんですよね。

ウィキペディアってリアルじゃないでしょ?

それなのに、自分はさもRASTAと言わんばかりに力説をはじめたんですよ。

一方のRottonは賢いし、本もよく読んでるから、その言い合いを聞いてても、明らかにRottonが正論なわけですよ。

レゲエ歴も20年ぐらいやってるから当然、筋金入りですよね。

だから、後輩にお前はもうだまれ、と。

どうせウィキペディアやろ?って聞くと、

『ま...まあそうっすけど...』

って感じなんですよ。

お前の言い分もわかるけどもうやめとけ、ってなだめましたね。

そんなバトルがあったくせに、最終的にはSEX PISTOLSの"Anarchy In The U.K."のDVDをRottonとその後輩2人で観て、めちゃくちゃ盛り上がってましたけどね(笑)。

『やっぱりSEX PISTOLSやな!』

とか言いながら。

RASTA関係ないやん...

みたいな(笑)。



M:
(爆笑)!

そのオチ、やばいですね。

で、旗の話なんですけど、緑色が下になってて星の付いたものが欲しい、と。

これが探してもぜんぜんないんですよね。

Z:
描いたらよかったんじゃないですか?

M:
そのときは、描いたり印刷するっていう発想がなかったんですよ。

だから、ひたすらCISCOの休み時間にアメ村にあるレゲエっぽい店に行っては、旗探しの毎日でしたね。

でもある日、緑色が下になってる旗を見つけたんですよ!

BIG STEPの隣りにピエロの顔の建物のTOM'S HOUSEってあったでしょ?

あそこの地下にあった雑貨屋のお香のディスプレイケースに、ピロッて緑色が下になってる旗が見えたんですよ。

うっわ〜!クニちゃん!見つけたでぇ〜!!!

み、み、緑色が下になってるで〜!

って興奮したのを憶えてます(笑)。

すぐにお店の人に、この旗を売ってください!って言うと、

『いや、これはディスプレイやから売られへん』

って言うんですよ。

それでもあきらめずに、これが絶対欲しいんです!って食い下がったら、何とか売ってくれました。

Z:
高かったですか?

M:
2〜3000円ぐらいだったかな。

Z:
めちゃくちゃいい人ですね!

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M:
クニちゃん!GETしたぞ〜!

ってさっそく持って帰ると、

『よっしゃー!でかした!』

って喜んでくれましたね。

もう、それからは得意になって、グイーンッて旗を振ってましたよ(笑)。

『MURASAKI君、次は名古屋でライブなんやけど』

って言われたら、有給休暇を使って名古屋まで旗振りに行ってました。

そのときに、

『今日はな、MURASAKI君もターバン巻きや』

って言われて、

ええ!?俺も巻いていいんスか!!!

って感じで(笑)。

Z:
ヤバいですね(笑)。

そうですか、酔っぱらって旗を振るんじゃなくて、仕事で振るわけですね。

たいへんなことをやらされてますね(笑)。


M:
やらされるっていうか、やらせてください!って志願してましたよ。

振りたいっス!!!

みたいな(笑)。

Z:
完全に洗脳されてますね(笑)!


M:
洗脳ですか、これは(笑)!?


Z:
だって、最初に『RASTAとはな...』って説明されてるわけでしょ。


M:
うん、うん、そうか(笑)!

ジャー!

って言われたら即、

ラスタファーラ〜イ!!!

って答えてましたよ。

僕たち、本気っスから。

そういえば、この前にJr GongとNASが来て、旗振り部隊もいたんですよ。

みんなが旗振りヤバい!って言ってたんですけど、そこでやっと俺が旗振りをやってたことを公言して脚光を浴びるときがきた!って思って嬉しかったですね。

一緒に観てた人たちは、

『あの旗持ってた人、ずっと振ってたな』

って話てるのを聞いて、俺もずっとRotton Ranksの横で振ってたし!って得意げになれましたよ(笑)。

Z:
ところでMURASAKI君って、CISCOがアメ村に移るときのフライヤーで絵を描いてましたよね?

あのフライヤーのWu-Tang Clanの絵を見て、おお!この人の絵はすごいな、って思ったんですよ。

そのときはまだMURASAKI君が描いてるって知らなかったですけどね。


M:
その頃は、本社に、自分はこんなことできます!って事あるごとにアピールしてた時期だったんですよね。

大阪主導でフライヤーを作るってなったときに、作ってみるか?ってことでやらせてもらったんですよね。

そのあたりから、CISCO全体の絵なんかもやらせてもらえるようになって、ちょっとずつですけど、あの人って絵を描くんやって知られるようになっていきましたね。

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Z:
CISCOのおもしろエピソードってありますか?

M:
え?っとね、おもしろいかどうか分かんないですけど、当時の渋谷のCISCOには、クボタタケシ君や光嶋君やキタちゃん(KZA)といった業界でもプロとして働いてる人たちがスタッフでいたんですよね。

そんな中で、俺は音楽知識もないし、バックグラウンドもないし、どうしよう...って悩んでたんですよ。

とにかく認められて、自分の居場所を探さなきゃって焦ってたんですよね。

そこで身に付けたのが、値段シールを貼るラベラーってあるじゃないですか。

あれはみんな、ガッシャン、ガッシャン、ガッシャン、って感じで打つんですけど、俺はリズムというか技を見つけて、ガシャ!ガシャ!ガシャ!ってスピーディーに打つことだったんですよね。

あの人のラベル打ちは速い!

っていう地位を獲得しましたね(笑)。

絵よりも先に、あの人にラベル打たせるとすごい!って思われるようになったんですよ。

Z:
MURASAKI君、何回も言いますけど、ほんまにアホですね(笑)。

M:
すんません(笑)。

だから、大量入荷がある日なんかは、

『よし!ここはラベル師のMURASAKI君に頼もう!』

って感じで、ガーッとレコード箱が並ぶ前で、

ガシャ!ガシャ!ガシャ!ガシャ!

はい!はい!

もっと速くしないと追いつくよ〜!

みたいな感じでスゴ技を披露してました(笑)。

Z:
なるほど(笑)。

で、最終的にCISCOを辞めて、種子島へ行きましたよね?

そのときは絵で食べていけてる状態だったのですか?

M:
いや、ぜんぜん食えなかったですよ。

その頃CISCOでは、札幌店がなくなるかどうかっていう状況だったんですよ。

閉店ってなると、札幌店の店長クラスの人たちは、辞めるか東京に行くかっていう選択を迫られるんですよ。

東京へ行ったら行ったで、地方からオッサンが来たっていう感じで現場の若い子たちは、

『オッサン、分かんないくせにさ〜』

みたいな声も聞こえてくるわけですよ。

俺もいずれはあの運命か...って考えると、それは嫌だなと。

それで、別の道を探さなきゃって思って、イラストをがんばる決心をしたんですよね。

仕事から家に帰ると、せっせと作品を描く毎日がはじまりました。

そういう日々を送っていたら、例のRASTAの流れから、

自給自足とか、自然の中で暮らすとか、素敵やん!

っていう意識が生まれてきたわけですよ(笑)。

Z:
Rottonに旗を振らされて、洗脳されたわけですね(笑)。

M:
山や海で住むっていう憧れがどんどん大きくなってきて、田舎暮らしの本を買ったり、旅行先では役場に行って、空き家はないですか?って聞いたり、いろいろ行動するようになっていったんですよ。

ちょうどその頃、FM802のアートコンペを通過したんですけど、同じタイミングで種子島から空き家が出たという連絡も入ったんですよね。

そこで、仕事を辞めて種子島に移住しよう!

って決心したんですよ。

Z:
最終的に東京へ来てるじゃないですか(笑)。

M:
まあ、そうなんですけどね(笑)。

田舎暮らしをしてはみたんですけど......

Z:
まだ早かったでしょう?

M:
そうなんですよ!

あの頃はまだ32歳でしたからね。

Z:
MIGHTY JAM ROCKを描きはじめたのは、種子島に行ってからだったのですか?

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M:
移住する前から描きはじめてはいたんですよ。

最初、KAERU STUDIOの麻苧君が声をかけてくれて、RED SPIDERのテープのジャケとかをやらせてもらってましたね。

MIGHTY JAM ROCKも、CISCOにいるときからちょっとだけやらせてもらってました。

いよいよ種子島に移住するってなったときに、FM802のアートチームからは、

『アートコンペに通ったからって、一人前になれるわけじゃないし、ましてや大阪から離れてしまったら何のサポートもできないから責任は持てないよ』

って言われたんですけど、それでも種子島へ行こうって決めましたね。

一方、MIGHTY JAM ROCK側にも種子島行きを伝えたら、

『ネットとかメールとかあるし、問題ないっしょ!引続きお願いしまーす』

みたいな、拍子抜けするくらい余裕な感じだったんですよ。

それがなんか嬉しかったですね。

種子島に行ってからも、いまほど数は多くなかったけど、仕事があるときは声をかけてくれました。

だから、大阪にいるときと変わらず仕事を振ってくれて、そこからどんどんオファーが増えていった感じですね。

けっこう、まわりのネットとかデザインで働くデジタルな業界の人たちは、田舎に引っ込んだら無理だろ...って意見だったんですけど、超アナログな世界と思ってたレゲエの人たちは、メールあるしいけるっしょ!って反応だったんですよね。

ああ...

助かった...って思いましたよ。

Z:
なるほど、そうだったんですね。

M:
種子島はマイペースで仕事ができて、夕方になったら焼酎飲もっか!みたいな感じだったんですけど、しばらく過ごしてると、もうちょっと挑戦したいっていうか、いつ寝てるのか分かんないようなライバルの多い所に身を置いて、競争したらどこまでできるんやろ?っていう想いが強くなってきたんですよ。

それと、洋服をやってみたいっていう願望も出てきたんですよね。

同じタイミングで、アニメーションをやってみないか?って声をかけてもらったのもあって、行くなら今だ!と。

それでポーンッと東京へ出てきたんですよ。

Z:
なるほど、結局、東京へ来たわけですね。

これでいい感じのフィニッシュですね(笑)。

とりあえず、インタビューを総合して、結論的に申し上げましょう!

M:
なんでしょう?

Z:
MURASAKI君は、かなりアホですね(笑)!

M:
やっぱり(笑)!

Z:
自分はMURASAKI君の事を、真面目でポジティブできっちりしてる、っていう印象だったんですよ。

旗を振るのも、ふだんは真面目に働いててストレスが溜まってるんだろうな、って思ってましたけど、実はまったく違うんですね(笑)。

M:
そうそう、旗振りは志願ですよ(笑)。

Z:
けっこうアレですね。

まあいいっしょ!みたいなノリなんですね。

M:
行き当たりばったりかも知れませんね。

Z:
それを今回のインタビューで感じたし、読者の人も思ったんじゃないですかね(笑)。

M:
たしかに、けっこう真面目なつもりやったんですけど、振り返るとそうでもないですね(笑)。

Z:
だって、バリに行って帰国して家に帰らずに、1週間しか付き合ってない彼女と同棲する奴なんて初めてですよ(笑)。

M:
たしかにむこうの親にも、どこの馬の骨か分からん奴!って言われましたからね(笑)。

ひどいこと言うな?って当時は思ってましたけど、いま考えるとごもっともです。

Z:
親の気持ちになってみてくださいよ。

やっぱり、どこの馬の骨か分からん奴!って思いますよ(笑)。

最後に、今後の展望を聞かせてもらえますか?

M:
まず、去年のMAKIKAESHIが大きな転機で、今まで付き合いのなかったアーティストの人たちと話ことができたのが大きかったですね。

みんなのこだわりや、物を作る姿勢とかいろいろ知れたんですよ。

俺なんかみんなからすれば、何やあいつは?って思われてそうって勝手に思ってたんですけど、ぜんぜんウェルカムな感じで、また一緒に話をしよう!とか、一緒に作品を作ろう!とか言ってくれたんですよね。

その時、物を作るっていうことの原点に戻ったというか、絵を描いたらギャラがいくらで、売れるんちゃうか?じゃなくて、物を作る本質はこのエネルギーや!っていうのを彼らから感じたんですよ。

それがすごく大きかったですね。

レセプションには数年ぶりに会うCISCOのお客さんだった人たちもいっぱい来てたんですよ。

レコード屋時代、自分はお客さんに横柄な態度をとってしまってた部分もあったのに、みんな気さくに声をかけてくれたんですよね。

あのときはすんません!僕、心を入れ替えて真面目に仕事してますんで、よろしくお願いします!

と、改めて挨拶からはじめました(笑)。

Z:
なるほどね(笑)。

M:
だからほんと、去年のMAKIKAESHIで巻き戻りました。

おかげさまで、今はやりたいことがいっぱいですね。

もちろん、MIGHTY JAM ROCKのアートワークに力を注いで新しい物を作っていきつつ、他にもコンピューターを使わないアナログな手法の絵とか、いろいろやっていきたいですね。

会社とかクライアントありきで作品を作るだけじゃなくて、自主的にもやっていきたいなって思ってます。

まあ、気まぐれですから、またフッと...みたいになるかも知れないですけど(笑)。



Z:
それはそれで流動的な感じがいいんじゃないですかね。

了解です!

これでバッチリまとまります(笑)。

どうもありがとうございました!

M:
こちらこそありがとうございます!

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ひらめきをそのまま行動に移し、各地を渡り歩いたMURASAKI氏!

そのひらめきと行動力こそが、結晶となって作品に降りそそいでいます!

スーパーカー消しゴムの色塗りであれ、レゲエアートワークであれ、人の喜ぶ顔と自身の創作魂を重んじて物作りに懸ける意気込みは、アーティストの本来あるべき姿と思われます!

いまの東京から果たして次もどこかへ飛び立つのか!?

今後も目が離せないMURASAKI氏の動向を、ZERO MAGAZINEでも追いかけていきたいと思います!

次回の更新日は5月7日月曜日です。

MURASAKI其の三

12/04/23

ZERO MAGAZINEインタビュー!

MURASAKI君、其の三!

NEW YORK行きを先延ばしにして、急遽バリへフライト!

そこで運命の出会いを果たします!

そして、バリ島から次はどこへ飛び移るのか!?

素晴らしき流転人生ここにあり!

予測不能な滞在記はまだまだ続きます!

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Z:
バリ島での生活は楽しかったですか?

M:
最初の予定では仕事があるって話でしたけど、そんなことができるわけもなく、単なる観光客としてバリに滞在しました。

金に余裕があったわけじゃないけど、とりあえず長くいなくちゃいけないから、現地の人と同じ食生活をして質素に暮らしてましたよ。

日中は通りに座ってボ〜ッとして、夕方になったらメシを食うか...みたいな生活でしたね。

Z:
あんまりおもしろくなかったのですか?

M:
刺激はなかったですね。

Z:
その後、次は大阪へ行くわけでしょ?

M:
そうですね。

Z:
帰国して実家には帰らなかったのですか?

M:
バリ島へ行く前に荷物は実家に送り返してたので、帰国してそのまま大阪行きです。

俺って連絡をマメにするほうじゃないんで、バリ島にいた4ヶ月間で実家に手紙を送ったのは1回だけなんですよね。

当時は携帯電話もなかったから、親からすれば息子死んでるんちゃうかな?

って思ってたみたいで(笑)。

俺の姉ちゃんをバリ捜索隊として派遣するぐらいの話にまでなってたそうなんですよ。

ちょうど実家でそういった準備をしていた矢先に、俺がそろそろ帰るわっていう手紙を送ったんで、難を逃れましたけどね。


Z:
大阪へ行ってからは、どこに住んでたのですか?

M:
結局、奈良にいましたね。

奥さんが奈良の吉野町で住んでたんですけど、ちょうど一人暮らしをはじめるってタイミングだったんで、同棲をはじめたんですよ。


Z:
ほんとに...

アホですね(笑)。

何も持たず帰国後にいきなり同棲をはじめたのですか?

M:
そう(笑)。

しかも、奥さんとバリで出会って、お付き合いしましょうってなった1週間後に、彼女はオーストラリアでサーフィンをするためにバリを出たんですよ。

だから交際期間は実質1週間で、その後は日本とバリとで文通してました。

で、帰ってすぐに同棲、そして結婚。


Z:
病気ですな(笑)。

めちゃくちゃ、自由人すぎるでしょ(笑)!

同棲してたのは奈良のどこですか?

M:
大和高田ですね。

Z:
なるほど、それからCISCOで働くと。

M:
そうなんですよ。

最初はカラーコピー屋さんとかで働いたほうが、技術も身に付けてたし早いかなって思ったんですけど、

バリから帰ってきた頃はショートドレッドだったのが、けっこう伸びちゃって長くなってたんですよね。

だからカラーコピー屋はちょっと厳しいかな...

と。

Z:
そういえば、初めて会ったときはめちゃくちゃ長いドレッドでしたもんね。

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M:
そうなんですよ。

Jazzie Bに憧れてましたからね。


Z:
SOUL ? SOUL?

M:
そうそう(笑)。

Z:
たしかにその頃、流行ってましたね。

M:
とりあえず、流行りものに乗っかれ的な(笑)。

Z:
なるほど、HIP HOPからUKへと(笑)。



M:
UKでグラウンド・ビートで、みたいなことすらも分かってなかったですからね。

音楽の情報はMUSIC MAGAZINEでサラッと流す程度でしたから、とりあえずファッションかっこええ!っていう基準だけで(笑)。

Z:
自分も当時どっぷりUKにハマってましたよ。

SOUL ? SOULも聴いてましたけど、やっぱりMASSIVE ATTACKが衝撃でしたね。

もうNew Balanceいらん!って思って全部売りましたよ(笑)。

音楽はロンドンやな!って。

M:
やっぱりカルチャーをちゃんと踏んでますね。

俺はほんと上澄みの部分をサッとさらうだけですから(笑)。

Bobby Brown!よっしゃ!ガンビーヘアね!

みたいな(笑)。

Z:
なるほど(笑)。

MASSIVE ATTACKのファーストジャケットやTシャツをデザインしてたJUDY BLAMEにもハマって、それも買い漁ってましたよ。

常に金を突っ込んでます(笑)。

M:
俺はいかに金を突っ込まずに安く上げるかに力を注いでました(笑)。

だから美容室でドレッドをあてたことがなかくて、自宅でベネゼルホームパーマですよ。

Z:
自分で(笑)?

M:
やってた(笑)。

ベネゼルで逆毛立ててパーマあてたり、後ろを三つ編みにしたり、めちゃくちゃ器用でしたよ。

Z:
まったくのひとりでやってたのですか?

M:
ひとりですよ。

これがね、根性でできるんですよ(笑)。

Z:
根性って(笑)。

M:
ガンビーヘアのときも、サイドのラインを自分で入れてましたよ。

Z:
ええ?

どうやってたのですか?

M:
ガムテープでマスキングするんですよ。

その上からガーッて刈るんですよね。

Z:
アホですね(笑)。

綺麗にできるのですか?

M:
自分的には綺麗と思ってたけど、まあ全然ガタガタですね(笑)。

でも基本的に人にお願いしたり、誰かと作業を一緒にするのが苦手なので、自分ひとりがいいんですよね。

で?

なんの話でしたっけ(笑)?

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Z:
CISCOに入ってからの話ですよ(笑)。

M:
そうそう、最初はカラーコピー屋で働こうと思ったんですけど、そんなナリだったから無理だったんですよね。

Z:
やっぱり、そういう髪型だと無理ですよね。

M:
そうなんですよ。

カラーコピー屋を覗いたら、制服着た七三分けみたいな人が働いたんですよね。

なんやMacの現場ってこんなん?

デザイナーって思ってるのとぜんぜん違うやん!

ってがっかりしました。

Z:
いやいや、それは勝手な妄想でしょ(笑)。

ふつうカラーコピー屋にドレッドの奴がいたら、こいつ大丈夫か?

って思いますよ(笑)。

M:
まあ、そうなんですけど...やっぱりアホやったんでしょうね。

チェッ...

と思いながら心斎橋を歩いてたらPARCOでCISCOの看板が見えたんですよ。

ん?

CISCOってこんなとこにあるんや、と。

久しぶりにレコード屋でも見よって感じで店に入ったら、"スタッフ募集!"って書いてあったんですよ。

ああ!

レコード屋って、デザイナーとかそっち系の人が多いし、ここで働ければ...ってひらめいたんですよね。

Z:
いやいや、レコード屋にデザイナーは多くないでしょ(笑)。

M:
なんか、ここに入ったらデザイナーの道が開けるかも!って勝手に思ったんですよ。

それで早速、履歴書の特技の所に"Macintosh"って書いて持っていったんですよね。

だから、面接した人は...

(お!?この子はMacで音楽を作るんだ!おもしろいかも!)

って思ったらしく、すぐに採用となったわけですよ。

Z:
デザインなのに(笑)。

M:
採用になって何日か働いた後、みんなでメシを食いに出かけたときに、

『ところで、Macintoshでどんな音楽を作ってんの?』

って聞かれたんで...

いや...

音楽は作ってないですよって答えたら、

『だって特技にMacintoshって書いてたでしょ!?』

と。

ああ、デザインのほうですって言うと、

『ええー!?そっちぃぃ??......なんだよ〜まったく...音楽と思って採用したんだけど、まあいいよ...しょうがないよ』

みたいな(笑)。

Z:
ってうか、お前の思い過ごしやんけ!って話ですよね(笑)。

M:
そうそう、そこは面接のときに突っ込んで聞いといてくれよ!と思いましたけど(笑)。

Z:
まあでも、当時のMacintoshは音楽で使ってる人が多かったですもんね。

MacとAKAIのサンプラーって感じだったでしょ?

M:
そうなんですけどね〜。

Z:
その頃のCISCOって他に誰が働いてたのですか?

M:
PARCOにあった頃は半分が東京のスタッフでしたよ。

Z:
そっか、アメ村に移ってからいろんな人が入ったんですね。

TUTTLE君はそのとき、まだいなかったですか?

M:
TUTTLE君もPARCOからですけど、まず、クニちゃんが入ってきたんですよ。

Z:
ああ、Rottonですね。

最近、彼の名前がやたらとインタビューに出てきます(笑)。

M:
俺は履歴書の得意ジャンルにレゲエとHIPHOPって書いてたんで、その2つを担当することになったんですよ。

ただ、HIPHOPはある程度追ってたけど、レゲエは遊びに行ってただけだから、詳しいことはほとんど知らなかったんですよね。

同じトラックで何人も歌う、ってことすら分かってなかったですから。

さらに、大阪のお客さんって質問が濃いじゃないですか?

こりゃ無理やわ...

と思ったんですよ。

ジャマイカにオフィスができたから、7inchもジャンジャン送られてくるし、もう手が回らない!って店長に話をしたら、

『分かった。じゃあレゲエ担当で募集をかけるよ』

って言ってくれてたんですよ。

早く新しいバイトが来ないかな〜と思いつつ、Riddimを読みながらコツコツとレゲエの勉強をしてたんですよね。

その中に"Ninjaman Report"ってタイトルのページがあって、俺はNinjaフリークだ!みたいなことが書かれたんですよ。

パーッと読んで、最後に著者のところを見てみると、Rotton Ranksって書いてて、カザールをバチーンッてかけた顔写真が載ってたんですよ。

うわ〜、めっちゃ怖いやんこの人...

京都にこんな人おるんや...って印象でした。

Z:
ヤバいですね、それは(笑)。

M:
レゲエの現場でこの人と出会ったら、ちゃんと挨拶しなきゃ殺される!

って本気で思ったんで、Rotton Ranksっていう名前はしっかり頭にインプットさせました。

で、数日後に店長から、

『今日、レゲエ担当でひとり面接するから〜』

って、渡された履歴書をパッて見たら、そのRotton Ranksだったんですよ(笑)。

Z:
カザールかけてた(笑)?

M:
カザールはさすがにかけてないけど(笑)、眼力はすごかったですよ。

うっわ〜!!!この人や...って思いましたよ。

Z:
Rottonは面接でカザールかけてきました?

M:
いやいや、それもなかったです(笑)。

優しそうな感じでしたよ。

Z:
ほんまかな?それ?

あの人、そんなに優しくないですよ(笑)。

M:
でも、RASTAになってからというか、ターバンを巻きだしたぐらいの頃から、昔の悪さだけじゃなくなってきてたみたいです。

以前のことを知らないからアレですけど。

一緒に仕事をするようになるとよく遊ぶようになって、話してたらやっぱりめちゃくちゃおもしろいんですよね。

レゲエの担当になってくれて、一緒に仕事をしてたら、すごいわこの人!って、思うようになりましたね。

『レゲエっちゅもんはな、MURASAKI君。RASTAというウンヌン...』

みたいな、商業的なことだけじゃなくて、道徳的なことというか、義理人情のことまで熱く語ってくれるんですよ。

Z:
義理人情ってレゲエと関係ないですやん(笑)。

M:
まあ、ざっくり言うとですけどね(笑)。

彼はいろんなことを教えてくれましたよ。

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バリから大阪に降り立ち、そこでいよいよデザイン方面へ進むと思いきや...?

CISCOでどっぷり音楽に染まる生活がはじまりました!

そこでまたもや運命の人、Rotton氏と遭遇!

彼との出会いが今後の人生を大きく変貌させます!

来週は最終回!

さらにさらに加速する爆笑エピソードの数々!

とうてい見えない着地点はどこにあるのか!?

どうぞご期待ください〜!

次回更新日は4月30日月曜日です!

MURASAKI其の二

12/04/18

ZERO MAGAZINEインタビュー!

MURASAKI君、其の二!

妄想に次ぐ妄想の少年時代を経て、みちのくから飛び出し大東京へ!

人生の分岐点をジグザグに走り抜けたMURASAKI青年の目に飛び込んできたものとは!?

今回は当時のファッション話も盛りだくさんでお送りいたします!

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Z:
高校を出てからは、すぐに専門学校へ進んだのですか?

M:
高校を出て、浪人してから専門学校ですね。

Z:
美術の専門学校ですか?

M:
美術というかデザインですね。

高校は、大学へ進学する人が多い学校で、自分も大学をとりあえず目指そっかな、っていう感じで過ごしてました。

でも、勉強はまったくできませんでしたね。

だから、得意な絵で最初は美大を目指してたんですよ。

デッサン教室にも半年ほど通ったんですけど、これがけっこう大変だったし、他にも色々あって、結局美大はあきらめたんですよ。

そしたら、学校側から推薦枠があるけど、どう?って感じで、ウチの高校からしたら楽勝って言われてるふつうの大学を薦められました。

Z:
なるほど。

M:
それで、

まあいっか、ふつうの大学生になろう!って決めて、絵をあきらめて大学進学の道を選んだんですよね。

でも、まあ落ちないだろう、と誰もが思った推薦枠で落ちちゃったんですよ。

まさかの大どんでん返しです(笑)。

『推薦で落ちるって、よっぽどのアホやな!』

って周りから言われてましたね。

その後も引続きふつうの大学を目指して浪人生活をしてました。

Z:
それは東京ですか?

M:
仙台ですね。

Z:
なぜ仙台だったのですか?

M:
当時、東北方面では我が子を東京に出すのは心配だけど、仙台なら親の目の届く範囲だから安心、みたいなところがあるんでしょうね。

まあ仙台でも親元を離れたことをいいことに遊びほうけてしまって、まったくダメな感じでしたけど。

2年浪人したけど結局どこにも受からなくて、どうしよっかな...

って落ち込んでたら父親が、『お前、絵が得意だったんじゃないのか?そっちはどうだ?』

って言われて、

ああ!

そうか!

俺には絵がある!と。

急いで絵の専門学校の資料を取り寄せたんですけど、最終的な決め手は研修旅行がNEW YORK!って書いてあった学校でした(笑)。

Z:
めちゃくちゃ安易ですね(笑)。

M:
そうなんですよ。

高校の後半ぐらいからBREAK DANCE〜HIP HOPみたいな波が来てて、浪人時代もRUN-DMCとかに思いっきりハマって、HIP HOPシブい!って影響されてましたからね。

だから、NEW YORKに行ける!っていうのが決め手となりました。

Z:
親泣かせっすね(笑)。

M:
最低でしょ(笑)。

自分は小学校の頃から、やんちゃな人の横に付いて、スネ夫的な感じの立ち位置だったんで、だいたい2番手に落ち着くんですよね。

専門学校で東京に出てくるにあたって、仲良くしてた友達は地元に帰ったんで、そこで初めて一人きりになったんですよ。

周りに誰もいなくなっちゃったんですけど、逆にここで2番手に収まるんじゃなくて、ガンガンいったろ!って思ったんですよね。

いままでの自分になかったキャラで、赤いKANGOL買っちゃおう!とか、金の鎖をしてみよう!とか


そんな方向にテンションが上がっていったんですよ。

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Z:
それって...

LL COOL Jじゃないですか(笑)?



M:
まさにそうなんですよ(笑)。

めちゃくちゃ憧れてたんですよね。

東京だったらこんな格好しても、誰も文句言わへんのちゃうん?みたいな。

その頃にはDEPTにフェイクのゴールドチェーンや、トラックスーツも売ってたんですよね。

でも...

高くて買えなかったんですよ!

やっぱり。

KANGOLですら当時にすれば高かったです。

Z:
KANGOLは5000円ぐらいしたでしょ?

M:
そのぐらいしましたね。

なんとか夏休みアルバイトをしてKANGOLは買ったんですけど、TROOPのジャージやゴールドチェーンは高くて手が届かなかったですね。

そこで、東急ハンズへ行って、日曜大工コーナーでメーター300円ぐらいの金の鎖のいちばん太いのを買って、首に巻いてました。

Z:
めちゃくちゃ重いでしょ(笑)?

M:
いっぱい巻いてたから重かった(笑)。

歯で鎖をこじ開けて、自分で作ってましたよ。

Z:
それはもう、B-BOYじゃなくてHARDCOREですね(笑)。

やっぱりチェーンはHARDCOREですよ。

ゴールドチェーンは編んでますからね。

M:
編んでるチェーンに憧れたんですけどね(笑)。

当時、専門学校ではB-BOYなんかいなくて、パンクスばかりでしたよ。

Z:
その頃はHIP HOP聴いてる人って、まだまだ少なかったですもんね。

M:
情報もぜんぜんなかったです。

明治通りにSLAP SHOTっていう、そういったグッズを置いてる店があって、学校の帰りによく見に行ってたんですよね。

そこで、キリッキリに絞ったメッシュキャップを頭の上にチョンッて乗せて、お洒落な感じの人がいたんですよ。

うわ!

レコードジャケットと同じファッションをしてる人がいる!って思って驚きましたね。

その後、TOWER RECORD辺りで、またその人を見かけたんですよ。

当時はそこに楽器屋さんがあったんですけど、その人がヒュ〜って店に入っていって、ブースに立ってラップをやりはじめたんですよ。

それが実はMURO君だったんですよ。

楽器屋のデモンストレーションでKrush Posseがライブをやってたんですね。

うっわ〜!

あの人ラッパーやったんや!って(笑)。

そのときはKrush PosseやMUROという存在もまだ知らなかったです。

Z:
へえ〜!

そうだったんですね。

M:
で!

次にチッタでBoogie Down Productionsのライブを観に行ったら、前座がまたKrush Posseで、
うっわ〜!この前の人や!

Krush Posseって言うんや〜!!!

と(笑)。

先日、MURO君と対談させてもらったときに、実は20歳ぐらいの頃にこんなことがあったんですよ!

ってその話をしたら。

『あ〜!あった、あった!あれ観ててくれたんですね』

って喜んでくれて、やっと本人に話せました。

お互い、ありがとうございます〜!みたいな(笑)。

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Z:
アツい感じですね!

M:
アツかったですね〜!

その間にもMURO君とはCISCOで会ってたりしてたんですけど、直接そうやって話すこともなかったんで対談できてよかったです。

Z:
東京には何年いたのですか?

M:
2年間専門学校へ通ったあと、2年バイトをしてました。

計4年ほど東京にいましたね。

Z:
NEW YORKには行ったのですか?

M:
専門学校の修学旅行で行きましたよ。

Z:
どうでした?

M:
ここが憧れのNEW YORKや〜!

ってテンション上がりましたね。

Z:
何歳のときですか?

M:
20歳で専門学校に入ったから、22歳のときですね。

Z:
MURASAKI君は、いま何歳ですか?

M:
44歳で、もうすぐ45歳になりますね。

Z:
それなら自分も同じ頃にNEW YORKへ行ってますよ。

20歳か21歳ぐらいのときでしたからね。

とにかくレコードを買いまくりました。

M:
俺なんて...

まずターンテーブルないわ...って次元でしたよ(笑)。

Z:
NEW YORKはNew Balanceが安かったですね。

最初は日本の並行輸入で買ってたんですけど、やっぱり高かったですよ。

4万円ぐらいしてましたから。

当時、日本で"576"や"596"が流行ってましたけど、

自分はNEW YORKで皆と違う型番を買ったんですよ。

その型番は日本にまだ売ってなくて、JUNGLE BROTHERSが履いてたモデルだったんですけど、NEW YORKで10000円ぐらいでしたね。

日本に帰ってからそれを履いてると...

『そのNew Balanceなんスか!?』

って聞かれたんで、ジャンブラの12inchの裏ジャケを見てみろや!

って言うと、

『うわ!一緒の履いてるやん!』

って驚いていたんで,,,

当たり前やんけ〜っ!

と言う意味の無い自慢をしていましたよ!

当時は。

あと、A Tribe Called Questが初期の頃に着てたNBAの青いフードのジャケットとかも買いましたね。



M:
攻めるところがおっ洒落ですな〜!

Z:
アメリカのでっかいスポーツ用品店もよく行ってました。

その頃、GAPやBanana Republic、Timberlandとかがめちゃくちゃ流行ってたんですけど、日本にはまだそんなに入ってなかったんですよ。

GAPのロンTでも、日本では9000円ぐらいしてましたね。

でも、アメリカじゃ20ドルぐらいで買えるわけですよ。

日本のショップの兄やん、どんなけボってんねん!って(笑)。

Championのスウェットも、当時の日本は黒やグレーの定番色しかなかったんですけど、NEW YORKでは黄色や紫も売ってたんですよね。

とにかく、そういうのを買いまくりです。

自分はそこに命を懸けてましたから!

M:
たぶんね、俺も同じ時期ぐらいにNEW YORKへ行ってたけど、Tribeが着てたとか、JUNGLE BROTHERSが履いてたとか、そういう情報はまったく知らなかったですよ。

とにかくアフリカのメダルが欲しい!ってだけ思ってましたから(笑)。

見つけた時は!

うわっ!

これや〜!!!

って感動してるレベルでしたよ。

とにかく安いアイテムだったし(笑)。

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Z:
20歳の頃はNEW YORKに行くのにお金を貯めまくってたんですよね。

50万円ぐらい持っていったのかな。

Timberlandの靴も、今ってみんなローカットのを履いてるじゃないですか。

M:
うんうん、ツートーンのやつね。

Z:
昔は、あれのロングがあったんですよね。

それも探して買い漁ってましたよ。

M:
俺はNEW YORKで買ったのって、そのメダリオンしか憶えてないもん(笑)。

バイトもやってなくて、ぜんっぜん金がなかったからね。

というのも、専門学校に2浪して入ったから、俺だけみんなより2つ年上だったんですよね。

だから、みんなと一緒に遊んでる場合ちゃうわ!って思って、とにかく学校の中でトップを狙おう!って本気で誓ったんですよ。

ひらすら学校でがんばってたから、バイトもやってなかったんですよね。

まあ〜、貧乏でした(笑)。

ただ、真面目に課題を出してたんで、先生からは可愛がられてましたよ。

当時、Macintoshはまだ日本で浸透してなかったけど、アメリカのデザイン業界においてなくてはならないコンピューターになっている、って情報を専門学校と取引のあった画材屋さんがキャッチしたんですよ。

そこで、その画材屋さんがMacintoshの国内販売に名乗りを上げて、売りはじめたんですよね。

Z:
画材屋がMacを!?

ヤバいですね、その人(笑)。

その頃のMacintoshって、めちゃくちゃ高いでしょ?

M:
ええ、車を買えるぐらいの金額ですよ。

で、就職活動時期に学校の先生から、

『知り合いの画材屋さんが、おもしろいコンピューターを扱うようになったから、そこで働いてみたら?人員募集してるし』

って言われたんですよね。

その頃はMacintoshもそうですけど、カラーコピーも貴重だったんですよ。

いまみたいに、自分でカラーコピーなんかできなくて、街にあるカラーコピーセンターっていうところに原稿を持って行ってコピーしてもらってたんですよ。

そこでコピーするときに、色を合わすオペレーターがいたんですけど、そのスタッフを募集してたんですよね。

画材屋さんのカラーコーピー部署のオペレーターをやりながら、Macintoshを憶えれるという、好都合な条件だったわけですよ。

Z:
なるほど〜。

M:
そこの社長に!

『いまは授業でロットリングで何ミリとか言って線を引いてるかも知れないけど、何年後かにはボタンひとつでバッと引ける時代がくるよ。』

って言われて。

そ...そうなんだ!と。

Z:
だからMacに詳しいんですね。

M:
そうなんですよ。

将来の夢が!

『 NEW YORKで働く 』って事だったんですけど、もし行くチャンスがきたら、英語ができない分、できる作業をひとつでも増やしてやろうと思って必死でMacを憶えたんですよ。

さらに、そこで働くうえで、どうにかしてHIP HOPをこじつけたいな〜と思ってたときに、メッセンジャーが流行ってるという情報を知ったんですよね。

ちょうど、カラーコピーの原稿を取りに来てください、っていう依頼が多くて車やバイクで取りに行ってたんですけど、

俺は!

メッセンジャースタイルでやろう!

って決めたわけですよ。

メッセンジャーバッグを買い、マウンテンバイクを買い、Bobby Brownバリのサイクリングパンツを買い、それでメッセンジャーっぽくペダルをこいでました(笑)。

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Z:
そのスタイル、ぜんぜん関係ないですやん(笑)!

M:
うん、関係ないです(笑)。

デザイン事務所の人も俺を見て!

『おお!?なんかおもしろい子が来たね〜!』

みたいな。

そこで仕事をくれるわけじゃなかったですけどね(笑)。

Z:
ずっと話を聞いてると...

ただのアホですね(笑)!

M:
アホ全開!なんですよ(笑)。

まあ、そんな感じで卒業後そこでバイトをしながら金を貯めて、またNEW YORKに行こう!って思ったんですけど、住んでたアパートの契約が切れるのが12月だったんですよ。

冬のNEW YORKに行ってもなあ...って考えた結果、夏まで引っぱろうと。

でも...

アパートの更新をすることはできないし、実家に帰っちゃうと高まった士気も下がっちゃいそうだったんで、どうしよっかな?って悩んでたんですよ。

ちょうどその頃にレゲエの所でもちょこちょこ遊びはじめてたんですけど、そこで知り合った女の子が!

私、バリに彼氏がいて、あっちで住むんだけど、あんたも来なよ!

上手く行けばバリでバイトしてお金もっと貯まるかもよ!

って誘われたんで、バリ島に行きました。

Z:
なるほど、そこで奥さんと出会うわけでしょ(笑)?

M:
そうなんですよ。

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HIP HOPに感化され、KANGOLの帽子をゲット!

そして首には東急ハンズで買ったチェーンが誇らしげに巻かれます!

次回はバリ島に飛んで、リゾートライフを満喫!?

まだまだいろんなことが勃発します!

来週は激動の大阪編!

どうぞお楽しみに!!!

次回更新日は4月23日月曜日です!

MURASAKI其の一

12/04/09

ZERO MAGAZINEインタビュー!

今回のお相手は!?

アート界よりご登場!

ときにはシャッフルビートでペン先を滑らせ!

ときにはミリタントビートで筆を突く!

レゲエの力を変幻自在に操り、絵に落としこむ描画職人!

MURASAKI君です!!!

今回も爆笑エピソードを目一杯に詰め込んでお送りいたします!

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ZERO MAGAZINE(以下Z):
本日はインタビューでSTUDIO MURASAKIにやってきました。

MURASAKI氏(以下M):
よろしくお願いします。

Z:
MURASAKI君って、本当はMURASAKIっていう名前じゃないんですよね?

M:
話せば長いんですけど、本当は違うんですよ。

Z:
本名を知ってる人って、けっこういるんですか?

M:
いや、いないんじゃないですかね。

みんな本名がMURASAKIと思ってますよ。

本名は林崎なんです。

昔、CISCOに入って間もない頃に、お店のスタッフ全員でCLUBイベントに行く、みたいなことがあったんですよね。

エントランスでゲストチェックしてて、林崎ですって伝えたら、

『林崎さん...う〜ん、名簿に入ってないですね』

って言うわけですよ。

あれ?

おかしいな〜って思って名簿を見たら、書いた人の字がめちゃくちゃ汚くて、名字の"林"の部分が、"村"にしか見えなかったんですよね。

そこで、CISCOのスタッフも村崎君のほうが呼びやすいってことで、MURASAKIになったんですよ。

やっぱり林崎君って、ちょっと言いにくいですから。

村崎と名乗ってからは、いろんなことがスムーズに運ぶようになりました。

だったらこの名前でええなあ〜、みたいなノリです(笑)。

Z:
むちゃくちゃですね(笑)。

M:
イラストレーターになってからは、MURASAKIっていうと、色の紫って思われて、パープルですか?ってよく訊かれるんですけど、居酒屋「村さ来」の方ですって答えてますね(笑)。

でも、まだまだ村崎って本名だと思ってる人が多いです。

郵便物でも宛名に村崎ってよく書いてありますからね。

Z:
やっぱり本名が村崎って思ってますよね。

だから、冒頭でまず本名で紹介してあげようと思ったわけですよ。

M:
実は林崎です、はい(笑)。

Z:
出身は東北ですよね?

M:
岩手の盛岡です。

高校を出て、2浪してからデザインの専門学校で東京へ出てきたんですよね。

Z:
絵は子供の頃から書いてたのですか?

M:
最初はね、絵よりも粘土だったんですよ。

自分で意識して物を作るのは楽しいな〜、って感じはじめたのは粘土でしたね。

幼稚園の頃、油粘土ってあったでしょ?

Z:
ありました、ありました。

M:
油粘土で物を作るのが楽しいってことに目覚めたんですよね。

一人分で支給される粘土の量って決まってましたけど、とにかくもっといっぱい粘土が欲しかったんですよ。

幼稚園の粘土だけじゃ足りない!家にもっといっぱい粘土を置きたい!と。

Z:
なるほど、アホですね(笑)。

M:
アホなんですよ(笑)。

それで、幼稚園のときに、みんな帰っていくのを見計らって、教室の床に落ちてる粘土をかき集めてましたね。

そうやって毎日、家の粘土を増やしていったんですよ。

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Z:
いちばん最初に粘土で作った物って何ですか?

M:
なんだったかな?

あんまり憶えてないですけど、仮面ライダーやウルトラマンですかね。

そういえば、

ひとつ憶えてるのが、粘土で細いヒモのようなものを作って、それを粘土版にクモの巣みたいに張り巡らせて、中心にクモの悪者みたいなのを作ってましたね。

で、

その周りに裸の女の人形をいっぱい作って置いて、クモの巣に絡ませ、その悪者がグアーッってひとりずつ女を襲う、みたいな遊びをやってました。

Z:
それは、いつ作ったのですか?

M:
幼稚園のときです。

Z:
変態やん、それ(笑)!

幼稚園の頃って、女の裸なんてまだ意識しないでしょ。

M:
でも、幼稚園でスタイルのいい先生とかにちょっと甘えたい、みたいなのってなかったですか?

Z:
幼稚園でそういうのってまだないと思うんですけど。

MURASAKI君、早熟ですね(笑)。

M:
早熟というか、何やろね(笑)。

おっぱいとか、お尻とか、密かに意識してましたよ。

ムッツリですね(笑)。

Z:
そう言われてみれば、作品に出てますね。

絵を見てるかぎり、お尻のデカい女が好きなんですか?

M:
これや!っていう憧れの女性は峰不二子でしたね。

彼女には小学生でガーンッ!と衝撃を受けました。

ジャマイカ絡みの仕事でも、女の人のお尻を大きく描いてっていう注文がよくあるんですけど、やっぱり女はそこか!って思いますね。

まあ、子供の頃はどちらかと言うと、お尻よりおっぱい派でしたけど(笑)。

Z:
それにしても、クモの巣に、女の裸、それを襲うクモ。

変態です(笑)。

それ、いま描いたらいいんじゃないですかね。

次の誰かのアルバムとか。

M:
ほんまですね(笑)。

小学校に入ってからは、粘土にさわる授業が幼稚園ほどなくなったんで、徐々に絵に興味が移っていったんですよね。

粘土にしても、絵にしても、どこかで狙ってやるぞ!っていう考えが子供ながらにあった気がします。

まあ、粘土のクモの巣の話はさておき、岩手で馬に装飾して練り歩く、"チャグチャグ馬コ"っていう祭りがあるんですけど知ってます?

Z:
え?

何?

何?

M:
チャグチャグ馬コ。

Z:
チャグチャグ馬コ(笑)?

それ、有名なんですか??

M:
ええ、有名な祭りなんですよ。

岩手とかの農家では、馬を使って畑を耕したり、荷物を運んだりしてたんですけど、その馬をねぎらうっていう祭りです。

馬に装飾したり、着物をきせたりして歩かせるんですけど、けっこう馬にとっては過酷な行事なんですよ。

Z:
馬からすれば着せてほしくないですよね(笑)。

M:
ねぎらいになってないやん!みたいな(笑)。

けっこう長い距離をパカパカ歩くんですよね。

Z:
逆に拷問ですね(笑)。

M:
岩手、盛岡周辺では春の風物詩なんですよ。

その祭りのときは、小学校で写生大会が行われるんですよね。

そういうのがすごく楽しかったです。

その頃、ちょうどプロレスにもハマってたんですよ。

Z:
出た!

大体の人はプロレスにハマりますよね(笑)。

M:
テリー・ファンクとドリー・ファンクのザ・ファンクスにハマったんですよね。

ザ・ファンクスといえば、カウボーイですよ。

それがきっかけで、カウボーイがアツい!みたいなことになってましたね(笑)。

テリー・ファンクの別名が"テキサスブロンコ"って言って、暴れ馬みたいなニュアンスだったんですよね。

だから、"チャグチャグ馬コ"の写生大会で馬を描くんやったら暴れさせたい!って思って、馬がヒヒーンッ!ってなって、乗ってる人がウワーッ!みたいな絵をフィクションで勝手に作って描いたんですよ。

本当は、ノソノソとダルそうに歩いてる馬なんですけどね(笑)。

そうしたら、絵が入選しちゃったんですよ。

Z:
おお!

すごいですね!

M:
君の絵は生き生きしてる!って。

いやいや、

ウソなのに...

どうしよ...って思いましたけど(笑)。

Z:
MURASAKI君は、かなり妄想家ですね。

クモに女を襲わせたり、馬を暴れさせたり(笑)。

M:
かなり妄想少年でした(笑)。

ちょうど同じ時期に、"将来なりたい夢コンテスト"みたいな、自分の将来像を絵にする催しがあったんですけど、そこでもプロレスラーになりたいって書いてましたね。

腕立て伏せも筋トレも、ぜんぜんやってないのに、ただプロレスラーになりたい一心で、テリー・ファンクをモデルにした自分の将来図を絵にしてましたね。

トロフィーをウウォォォッ!って掲げて、額から血をブウォー!って流してるチャンピオンの姿を描いてました(笑)。

これも入選したんですよ。

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Z:
これまた妄想ですね(笑)。

それにしても、数々の作品が入賞してるんですね。

何の賞なんですか?

M:
チャグチャグ馬コの絵は、岩手県が主催のコンクールで、将来像のプロレスラーの絵は、どっかのデパートのコンテストでしたね。

たしか、賞品で望遠鏡をもらいました。

その何年後かにマンションへ引っ越したんですけど、もらった望遠鏡で隣りの家を覗いてましたね。

Z:
MURASAKIさん!

やっぱりただの変態ですやん(笑)!

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M:
ですね(笑)。

あと...

なんかエピソードあったかな...?

ああ!

あるわ、いっぱい。

絵にかぎらず、いまやってる活動に近いなっていうエピソードが。

当時、学校のクラスで番長じゃないですけど、やんちゃな子っていたじゃないですか。

その子に気に入られるには、どうしたらいいか?って話です。

Z:
その手の話、インタビューでよくありますね(笑)。

M:
ちょうど、スーパーカーブームで、スーパーカー消しゴムが流行ってたんですよ。

BOXYのボールペンでバチンッてするヤツ。

Z:
はいはい、落とし合いですよね。

自分もやってました(笑)。

M:
そのスーパーカー消しゴムをプラモ用のラッカーで塗ったんですよ。

『サーキットの狼』のロータスとかのカラーで。


Z:
それ、めちゃくちゃ細かいですね(笑)。

M:
かなり細かかったですよ。

Z:
風吹裕矢のロータス・ヨーロッパを塗ったのですか?

M:
あれをね、やりましたよ。

Z:
小さ過ぎて星を描けないでしょ?

M:
そこは点々で描いてやってました(笑)。

その塗り上げたスーパーカーをみんなに見せたら、

『うわっ!お前の何これ!!!』

って、かなり騒がれたんですよね。

ああこれ?俺こういうの好きやねん、ってちょっと得意になってました(笑)。

それで、やんちゃな番長系の奴が!

『これ!俺にも描いてくれよ!』

って言ってきたんですよね。

番長の分も色を塗ってあげたら、それからよくしてくれるようになったんですよ。


Z:
なるほど(笑)。

M:
たちまち、あいつはスーパーカー消しゴムを塗るのが上手いっていう噂が広まって、公園に缶蹴りに行ったりすると、

『わあ!色塗りの子や!』

って、ちょっとした有名人になってましたね。

俺も!俺も!って、

みんなスーパーカー消しゴムを持ってくるんですよ。

う〜ん...

缶蹴りやりたいけど...家へ持って帰って描いてくるよ!

って、家に戻って一所懸命みんなの分の色塗りをやってましたね。

やっと塗り終わって、公園に戻ってみると、みんなもう帰っておれへん...みたいな(笑)。

ああ...

帰っちまったか...缶蹴りでへけんかったな...

と。

Z:
(爆笑)!

M:
で、翌日にみんなの喜ぶ顔を想像しながら、また持って行くと案の定、

『おおおっ!すごいー!お前、いい奴〜!』

って(笑)。

この感じがね、いまと似てるんですよ。

いまもMIGHTY JAM ROCKの仕事やってるとき、突拍子もないアイデアでみんなを描いたらどうやろな?って家で黙々と作成して、出来上がった作品を見せて、

『おおおっ!すげえー!!!』

って言ってくれると、ああ...よかった...って思うんですよ。

Z:
今日もよかった!と?

M:
そうそう、今日も一日やったった!って感じで(笑)。

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粘土でクモを作り、裸の女を襲わせる!

という好奇心旺盛な幼年期を過ごし、馬を暴れさせた少年期へ!

そして、スーパーカー消しゴムの色塗りを通じて、社会の渡り方を学びます!

素晴らしき妄想家の次なるステップはいかに!?

次回はMURASAKI氏のブッ飛び青年期編をお送りいたします!

次回の更新日は4月16日月曜日です。

MISON-B其の四

12/04/02

ZERO MAGAZINEインタビュー!

MISON-Bいよいよ最終回!

恋の話は止まることを知れず!

そのまま恋愛談義で集結をむかえると思いきや...

最後はバッチリとシメてくれますMISON-B!

浪花の女のパワーに脱帽する最終章!

どうぞお楽しみください!!!


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M:
私、自分のイベントと、デートどっち取る?

って言われたら、100対0でイベントを取っちゃう人間なんですよ。

それが仕事やし、給料もらわなあかんから当然なんですけど、それに付いていけないって人がやっぱり多いですよね。

Z:
それは男としてイケてないですよね。

でもまあ、女が稼げるんだったら、男に家のことをさせればいいんですよ。

MISON-Bはそっちじゃないですか?

M:
そんな気もしますね。

Z:
あと、容姿で魅了しなきゃって言ってますけど、歌がイケてたらそこは関係ないですよ。

あいつ、イケてる女や!ってなりますから。

M:
それでいきます(笑)。

でも、なかなか男の人から付き合ってって言われないですよ。

K:
あのね、関東の人とかからMISON-Bは、

『色っぽいよね〜』

って言われてますよ。

どこまで本気なのか分かんないですけど。

M:
それほんまなんですか!?

絶対、ウソでしょ(笑)。

K:
モテてるとまではいかないにしても、その気になったら男作ることできると思いますよ。

M:
やっぱり、彼氏いたほうがいいですか?

Z:
そりゃそうですよ。

愛が深まるでしょ。

MISON-Bはどんな曲を歌ってるのですか?

自分、YOU TUBEで1曲聴いただけなんですよね(笑)。

愛を歌うんでしょ?

M:
愛も歌いますね。

Z:
愛を歌うのに、愛を知らないとあかんでしょ?

M:
たしかに...

そうですね。

Z:
やっぱりね、"チンポの裏"のエピソードでは愛の歌にならないですよ(笑)。

ツカミはOKですけど、歌にはできないですから。

M:
そうですね(笑)。

男を口説く歌を作らないとダメですね。

Z:
歌ってるところを見ると、

お!

ええなあ、ってなりますって。

歌って心を動かすでしょ?

だから容姿は関係ないですよ。

K:
そうそう、お前に男がおらんのは容姿の問題ちゃうよ。

Z:
卑屈になったらあきませんよ。

っていうか、なんで恋愛相談室みたいになってるんですか、これ(笑)。

K:
いやいや、いいこと言われてますよ。

M:
なんか、めちゃくちゃやる気出がてきました!

Z:
彼氏を作ったほうが、もっと売れますよ。

女も顔は二の次、心意気で勝負です。

彼氏を募集しましょう(笑)!

M:
ほんまに男を口説きますわ(笑)。

Z:
いっとこ、それ!

M:
男心をつかむのってどうすればいいんですかね?

Z:
そこは、やっぱり自然にしとかないと。

M:
"男心をつかむ会"なんていうのがあったら、毎回参加したいぐらいです。

Z:
いつでも聞いてくださいよ(笑)。

M:
カツ君と、あんまり恋愛話とかすることないですよね。

Z:
だって、カツ君は自分のことしか考えてないからですよ(笑)。

M:
俺、好きな子おってや〜、とか言われへんやろ?

Z:
いやいや、カツ君、嫁さんいますやん(笑)。

逆にそれは問題でしょ。

K:
はい、問題っす(笑)。

M:
カツ君の奥さんもいい人なんで、そんなこと言われたら私も複雑になっちゃいますよ。

Z:
とりあえず、MIOSN-Bはめちゃくちゃいい女だった!

ってみんなに言っておきますね(笑)。

レゲエじゃなくてもいいんでしょ?

M:
ストリートがいいです。

Z:
なんで!?

ストリートはややこしい奴が多いでしょ。

M:
だって趣味が合うじゃないですか。

Z:
お金持ってないですよ、みんな。

ストリートの奴は貧乏が多いですよ?

M:
お金持ってても感性が合わないんだったら、貧乏でもフィーリング合うほうがいいです。

Z:
そこはMISON-Bが稼ぐと?

M:
もちろん、私が稼ぎます。

お金でかっこつけられても見抜くよ!って感じです。

Z:
シブい!!!

恋愛経験ないのに(笑)。

一同:
(爆笑)!!!

Z:
自分もそういうのはすぐに見抜きますよ。

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M:
恋愛は経験じゃないと思うんですよ。

質です!

Z:
お、深いですね!

そういえば、このインタビュー歌のことまったく聞いてないですね(笑)。

"チンポの裏"話が最高すぎたんで。

活動歴は何年になります?

M:
もう10年になりますね。

Z:
いちばんヤバかったライブの思い出は?

MISON-Bのことをネットでいろいろ調べてみたんですけど、男の中に入っていったどーのこーの、っていうくだりがよく出てきますよね?

叩き上げ、みたいな。

M:
必死なんで、

アゴがガーン!ってなってるような顔ばっかりで、自分がよかったなって思うライブシーンがあまり残ってないんですよね。


Z:
アゴ!

ガーン!って(笑)。

M:
ほんとはあんまりよくないんですけど、昔は必死でマイクの取り合いになってる時期があったんですよ。

お客さん側からすれば、いいもんじゃないんですけどね。

3小節ぐらいしか歌ってない人のマイクを取りにいったりとか、ラバダブでもそういうのがよくありましたね。

とにかく自分をアピールしないといけないから、何回もマイクを取りにトライするんですよ。
それが悪循環になってたんですけども。

ただ、観客が何千人の前でも、たった3人だったとしても、全力でやる自分でありたいと常に思ってます。

Z:
お客さんが3人のときもあったんですか?

M:
ありました!ありました!

一度、妹の働いているバーで、

『歌ってや!』

って、強面のおっちゃんと、ホステスさんに言われて、とりあえずカラオケでAlicia Keys入れようと思ったんですけど、マイクが壊れてたんでアカペラで歌ったことがありましたね。

けっこういい感じやったんで、おごってくれるんちゃうかな?

って思ってたんですけど、おごってくれなくて、2000円払って帰りました。

Z:
たいへんですね、それは(笑)。

M:
だから、イベントをきちんとセッティングして呼んでもらえるのは、ほんまにありがたいことです。
できる限り、いいものを見せる努力をしたいですね。

Z:
それもまたシブいですね。

"チンポの裏"話からよくそこまで飛躍しましたね(笑)。

最後はキメますね!

今は作品を作ってますか?

K:
7月にリリース予定がありますね。

M:
カツ君に感謝してるのは、ギターを弾くきっかけを作ってくれたこともありますね。

Z:
ギター弾いてるのですか?

M:
まだ修行中なんですけど、弾き語りもしたいなって思ってます。

そうすれば、音響設備がないところでもライブができるじゃないですか。

バーとかでも私の歌を聴いてくれる人がいるんだったら、演奏したいです。

聴きたいっていう人のところへ、どこへでも飛んでいきたいんですよ。

Z:
これまたシブいですね。

M:
レゲエだけに偏らず、いろんな枠を取っ払っていきたいと思ってます。

レゲエを知らない人の入り口にもなれたらなって。

Z:
今はカツ君ところに所属してる感じですか?

M:
そうですね。

Z:
社長はどうですか?

M:
アイリーですね(笑)。

厳しいですけど、自由にさせてくれるんで、すごく気が楽ですね。

もっと大きな会社に入ったら?みたいな意見もありますけど、今のところがやりやすいです。

Z:
大きい会社に入っても、そんな変わらないですよ。

どんだけ頑張ってくれるかですから。

M:
スタジオもチャリンコで行ける距離なんで、まったくストレスがないですね。

Z:
レゲエ以外のジャンルでもライブやったりします?

M:
しょっちゅうではないですけど、HIPHOPのイベントに出たりもしてました。

Z:
音楽はいろいろ聴くんですか?

M:
いろいろ聴きますよ。

テクノやトランスは聴かないですけどね。

ちょっと土臭い、イナタい感じが好きです。

Z:
では、夏にアルバムが出るということで、頑張ってください!

M:
今日はほんとにありがとうございました!

いい話がいっぱい聞けました。

Z:
とりあえず、彼氏を作ってください(笑)。

M:
ほんまに作ります(笑)。

Z:
自分も応援してますよ。

M:
今度、飲みに連れていってくださいよ!

Z:
いいですよ、自分は酒を飲まないですけど。

M:
お酒飲まないんですか?

Z:
酒もタバコもやらないです。

M:
ええ〜?

意外です。

Z:
じゃあ、今日は忙しい中、ありがとうございました!

またイベントもオファーしますね。

M:
ぜひ、呼んでほしいです!

Z:
会場をロックしてくれます?

M:
ロックします!

Z:
OK!

分かりました!

ありがとうございました!

M:
ありがとうございます!

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後半はどっぷり恋愛相談室となったMISON-Bインタビュー!
しかし!

"レゲエ"と"ラブ"は切っても切れない関係!

音楽同様に重要視すべき点ではないでしょうか!?

彼女のストレートに内面をさらけ出す姿は、
美しく!

華やかで!!!

誇らしげに写ります!!!

次回の更新日は4月9日月曜日です。

音楽は頭ではなく、ハートで作るもの。
愛あるサウンドを振りまくMISON-BをZERO MAGAZINEでも応援していきたいと思います!

MISON-B其の三

12/03/26

ZERO MAGAZINEインタビュー!

MISON-B其の三!

今回は、女性から見たレゲエシーンや、楽曲制作にまつわるエトセトラ...

ではなく!

恋!恋!!恋!!!

乙女の濃ゆい恋!の話をたっぷりとお送りいたします〜!!!

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Z:
それで、その奈良の男の子とはどうなったのですか?

M:
フラれました。

めちゃくちゃかわいい子と付き合ってたんですよ(笑)。

Z:
すでに彼女がいたのですか?

M:
いえ...

私がフラれたあとに、かわいい子と付き合ってたんですよね。

Z:
MISON-Bは告白をしたわけですね?

M:
私、けっこう告白をする人なんですよ。

Z:
なんて告白したのですか?

M:
付き合ってほしいねんけど...って。

『俺はお前のこと友達としてしか見られへん』

っていうのが、よく喰らった名文句ですね(笑)。

一度だけ例外があって...

『お前、チンポの裏みたいな顔やからムリ』

っていうのがありましたね(笑)。

Z:
それは!!!

チンポの裏伝説!

実は...

その話をすでに聞いてたんですよね(笑)。

M:
ええ!?

すでに聞いてました?

この伝説。

Z:
事前に知り合いからから聞いてて...

カツ君にそのエピソードしゃべってくれるかな?

って聞いたら、そこまではしゃべってくれないですよ!ってことだったんですけど...

まさか自分から!

最高ですね。

その話をめちゃくちゃ聞きたかったんですよ!

M:
そうでしたか(笑)。

その当時はパチンコ屋でバイトしてたんですよね。

ドル箱を運んでました。

Z:
めっちゃ男系ですやん、それ!

M:
だからその頃は、かなり痩せてましたよ。

そこでは客に殴られたりもしましたね。

Z:
ええ?

なぜですか?

M:
パチンコ当たらないからイライラして。

打ってる台は、店員に言うと休憩を取れるんですよね。

よくお客さんが食事休憩とかで使うんですけど、時間を過ぎちゃうと無断でその台を解放しちゃうんですよ。

それをやるとお客さんは、

『なんでやねん!!!』ってめっちゃキレるんですよ。

いや...

もう時間過ぎてますんで...って言うと。

『関係あれへん!俺がメシ食ってるときは、俺の席や!』って。

その台を解放したあとに、別のお客さんが座ってフィーバーしたりするんですよ、これが。

『ほれ見てぃ!俺の台やってんぞ!』

って殴られたりしました。

Z:
それ...

ヤバいですね。

M:
そのパチンコ屋の社長も、めちゃくちゃ怖かったんですよ。

女の子や従業員にはすごく優しい人だったんですけど、不正なことして打ってる客には、とにかく厳しかったですね。

不正している客を発見して、社長がその人を奥の事務所に連れて行くところをパッと見たら、社長は手にXXXを持ってました。

怖...

みたいな(笑)。

Z:
XXXで殴られてた?

M:
そこまでは見えなかったんですけど、たぶんやられてたんじゃないですかね。

Z:
それで、そのパチンコ屋で好きになった人に告白したのですか?

M:
そうです。

Z:
同じ職場の従業員ですか?

M:
従業員ですね。

帰りに待ち伏せしたんですよ。

Z:
どこで待ち伏せしたのですか?

M:
え〜っと...

あれはですね、動物の病気を治す所、なんて言うんでしたっけ?

K:
動物病院?

M:
そうそう、動物病院の前です。

Z:
そのままですやん(笑)!

M:
動物病院の前で待ってるから仕事終わりに来て、って言ったんですよ。

そこで付き合ってくれへん?って告白したら、

『俺、彼女いてるしな...』

って返事やったんですよ。

分かっちゃいたけど...

まあ...そうか...ってことで、その日はそのまま家に帰ったんですよね。

次の日、バイトの朝礼前にみんながしゃべってたんですよ。

私は、その男の子の会話の輪に入らずに、端っこのほうでいたんですけど、私の話題になってるのが聞こえてきたんですよ。

『っていうかさ、天野さんってチンポの裏みたいな顔しとるよな』

って彼が言ってるわけですよ!

私はそれを聞いて、これは男の優しさなんかな?って思いました。

Z&K:
(爆笑)!!!

K:
お前、むちゃくちゃおもろいな(笑)。

M:
いいように解釈してたんですよね。

K:
ちょっと待って!

ちょっと!

一回待って(笑)!!!

『チンポの裏みたいな顔をしとるよな』

が!

優しさと思ったと?

それはなぜですか?

絶対に違うでしょ(笑)。

M:
告白した次の日だし、私と気まずいからギャグみたいな感じにしてくれたと思ったんですよ。

これはまさに優しさだと。

でもね、家へ帰ってから考えてみると、だんだん悲しなってきて...。

なんであんなこと言われなあかんねん、しかもみんなの前で!って。

しかも、3回ぐらい言われましたからね。

1回目は、
『天野さんってチンポの裏みたいな顔しとるよな』

っていう会話を聞いて、2回目は、

『天野さんってさ、チンポの裏みたいな顔しとるな』

って直接言われたんですよ。

3回目はバイトの帰り際に、

『やっぱり、チンポの裏みたいな顔してるわ』

って(笑)。

Z:
1日に3回も(笑)!?

M:
そうですよ(笑)。

ちょっと、私がヘコんでるように見えて、笑いにしてくれたんかな?

とも思ったんですけどね。

Z:
それだったら、もっと違う感じで元気づけてほしいですよね(笑)。

それ、追い打ちですよ(笑)!

でも、MISON-Bはその人に彼女がいるのを知ってたんでしょ?

M:
知ってましたよ。

Z:
なぜ告白したのですか?

取ったろ!って思ったのですか?

M:
私は容姿に自身がないタイプなんですけど、その男の子はけっこう男前で、よく電話してくれたり、飲みに誘ってくれたり、いい感じだったんですよ。

しかもおごってくれてたんですよね。

Z:
そりゃ、誘ったらおごってくれるでしょ。

M:
いやいや、私の中ではそういうのあり得なかったんですよね。

ワリカンか、なんやったら私がお金出すぐらいですよ。

男友達との付き合いしかなかったですから、恋人として意識した付き合いって、その頃は知らなかったですよ。

今でも知らんし(笑)。

優しくされたから勘違いして、

彼女いてるのに、私...狙われてるんちゃうん!?

って、思ってましたからね。

Z&K:
(爆笑)!!!

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M:
かなり勘違いしてました(笑)。

おごってくれたり、優しくしてくれたり、家にまで呼んでくれたんで。

実家に呼ばれて、お母さんに紹介してくれましたからね。

あれ?

この人、私のこと好きなんちゃうん?

って単純に思いますよ。

Z:
実家の親に紹介されるって、それおかしくないですか?

K:
ちょっとおかしいですよね。

M:
でしょ!

あれ...?って思いますよ。

Z:
たしかに、それは勘違いしますよね。

M:
それで、ジャマイカへ行く、行かないってときに、その子のことがまだ好きやったんですよ。

Z:
その"チンポの裏"って言われた子が?

M:
はい、"チンポの裏"です。

結局、ジャマイカからも国際電話で、その彼と話してました。

ジャマイカで帰りのチケットを破る、破らないってときも、彼のことが頭をよぎってめちゃくちゃ悩みましたね。

Z:
チケットを破る、破らないって、どういうことですか?

K:
レゲエ目指してジャマイカへ行った人は、帰りのチケットを破ってそのまま現地で修行するか、チケット持って帰りの飛行機に乗るか、みたいな選択に迫られるんですよ。

Z:
なるほど、レゲエではそういうことがあるんですね。

最初、破るとか何のことを言ってるのか分からなかったですよ(笑)。

M:
やっぱり、彼のことが好きすぎてチケットを破れなかったです。

でも、最後は"チンポの裏"ですよ。

Z:
自分はね、このストーリーを直接本人から聞きたかったんですよ(笑)。

やっぱり最高ですね!

最初に他の人から聞いてたのは、"チンポの裏"ではなくて!

"キンタマの皮の裏"でしたよ(笑)。

それどんな顔やねん!って思ってました。

その男の子がいなかったら、チケット破ってました?

M:
破って、ジャマイカで人生をかけるっていうのは、かっこいいと思ってました。

Z:
ジャマイカへ行ったのは何歳のときですか?

M:
21歳ですね。

パチンコ屋で稼いで、毎月2万円ほど貯めました。

現地でパソコンも必要やと思って買ったんですけど、なぜかデスクトップを買ってしまいまったという。

Z:
あかんやん(笑)!

M:
やってることめちゃくちゃでしたね(笑)。

だから段取りって大切やな、って学びましたよ。

Z:
KURIRINもよく段取りって言ってますよ(笑)。

M:
思い立ったらすぐにやりたくなるんですよ。

Z:
それで、フラれてときは、かなりショックでした?

M:
ずっとショックでしたね...。

Z:
告白したときに、

『今の彼女も忘れられないけど、お前とも付き合ってええで』

って言われたら、どうしてました?

M:
うーん...

そういうのは、知らないところでやってくれれば...って思います。

Z:
彼女がいるっていうのを知らなければOKだと?

M:
まあ、知らないっていうのはあり得ないんですけどね(笑)。

私はいつも2番手になってしまうんですよ。

だから、相手に好きになってもらわないとダメですね。

それぐらいの女にならないといけないんですけど、どうも告白をしちゃいます。

Z:
ちょっといいなって思った人にはすぐ告白しちゃうのですか?

M:
すぐに言っちゃいますね。

付き合ってとか、結婚して、とか。

Z:
え?

いきなり結婚して?

M:
ここや!

こいつは離したらあかんわ!

って思って、

結婚して!

って言ったこともあります。

相手は目が点になってましたけど(笑)。

Z:
そりゃ、なりますよ(笑)。

ふつうは付き合ってから結婚でしょ?

いきなり結婚したくなったんですね。

M:
自分は誰とも付き合ってないから、結婚してって言うのは自由でしょ(笑)。

Z:
今も付き合ってる人はいないのですか?

M:
高校1年ぐらいのときに、彼氏ができたんですけど、1ヶ月で別れちゃいました。

そっから彼氏はずっといてないです。

Z:
うそぉ!?

衝撃的告白ですね(笑)。

M:
好きになる人は、みんな彼女がいてるんですよね。

それって当たり前なんですかね?

Z:
いや、どうでしょう。

奪い取ってやったらいいんですよ。

M:
それができないんですよ。

Z:
なんで?

M:
自分が取られたくないですから。

Z:
まあ、それも当たってますな。

基本的に、かっこいい男はずっと彼女がいますよ。

業界の人だと、特にそうですよ。

音楽もありますけど、女にモテたいからその世界に行くわけでしょ?

音楽をやったら女にモテるやろ、っていうのが根本に絶対ありますから。

M:
私の付き合う相手は、レゲエをやってる人じゃないほうがいいかも知れませんね。

Z:
それは言えてますね。

IMG_6101.jpg

今までアンダーグラウンドなシーンにだけ知られていた、

"チンポの裏"伝説!!!

今ここに、解禁されました!

次回は、そろそろアーティストとしての活動話を...

いやいや!

急ぐなかれ!

恋バナはまだまだ続きます!

なぜなら!

MISON-Bという人間の核心に迫る最高のツールですから!

来週もどうぞお楽しみに!!!

次回更新日は4月2日月曜日です!

MISON-B其の二

12/03/19

ZERO MAGAZINEインタビュー!

MISON-B其の二!

音楽への情熱がパンパンに膨れ上がったMISON-B!

それを吐き出すために小銭を握りしめ、夜な夜なCLUBへとくり出します!

生レゲエを初めて食した彼女の胸中やいかに!?

P3090009.jpg

Z:
そもそも、なぜMISON-Bという名前なんですか?

M:
もともとは、KABAっていう名前だったんですよ。

Z:
本名が?

M:
ちゃいますよ(笑)!!!

本名は天野美善っていうんですけど、最初はKABAっていう名前で活動してたんですよ。

中学校のときのあだ名です。

Z:
それは動物のカバですか(笑)?

M:
動物のカバに似てるからKABAだったんですよ(笑)。

なんかジンバブエとつながるところもあるからいい名前や!って思ってたんですよね。

で、私は在日なんですけど、パスポートを見たら、名前のところに"ミソンブー"って表記されてたんですよ。

こっちの名前があるんやったら、これにしようって思ったんですよね。

本当はMISUNなんですけど、UをOに変えて、MISON-Bになったんです。

Z:
なるほど!

じゃあ最初はKABAでやってたんですね。

話を少し戻しますけど、まず雑誌を見てレゲエ熱い!となって、いちばん初めに行ったCLUBはどこでした?

M:
BAYSIDE Jennyです。

Z:
いきなりそこですか(笑)。

それは何のイベントですか?

M:
DANCEHALL ROCKです。

Z:
カツ君、DANCEHALL ROCKってどういうイベントなんですか?

K:
MIGHTY JAM ROCKですね。

NG HEADも出てましたよ。

Z:
それは、どうして行こうと思ったのですか?

M:
雑誌のカスタマに載ってたんですよね。

Z:
これ行こかー!と。

ひとりで?

M:
高校の同じクラスの友達が、もともとHIP HOPのダンスをやってたんですけど。

レゲエ!

ヤバいよな!!!

ってことで、

3人ぐらいで行きました。

Z:
行ってしまったんですね(笑)。

それは何年生のときですか?

M:
たぶん、高校1年のときだったと思うんですけど。

Z:
オールナイトのイベント?

M:
はい。

Z:
入ったらあきませんよ(笑)。

M:
はい!

入ったらあきません(笑)。

ただ、人が多過ぎてIDチェックしてなかったですね。

Z:
当時は、IDチェックなんてやってませんでしたからね。

そういうのやりはじめたのは、ここ数年じゃないですか。

昔は中学生とかもCLUBに来てましたからね。

BAYSIDE Jenny、最近行ったことあります?

M:
え?

やってるんですか?


Z:
やってないですけど、2年ぐらい前にどうなってるのか気になって、友達と行ってみたんですよ。

ブロックむき出しで退廃的な感じになってたんですけど、それがまたかっこよかったです。

あのままイベントで使いたいですね。

M:
せっかくかっこいい場所で、

かっこいい人たちがいたのに、なぜもうできないんだろうな...って思います。

Z:
吉本が飽きたからでしょ。

もともとあの場所は、吉本興行のものでしたからね。

M:
吉本興行の社長に、やってほしいんですけど!って言ってもダメですかね?

Z:
それ、行かな!

うちの社長が金出すってゆーてるんで!

BAYSIDE Jenny復活してください!

って(笑)。

M:
カツ君、一緒に行きましょう!!!

K:
それぐらいの財力が欲しいですね...(笑)。

Z:
ぜひ、吉本に言ってくださいカツ君。

BAYSIDE Jennyやりましょう!

金は...

ないっす!

って(笑)。

K:
めちゃくちゃえらそうな感じですね(笑)。

Z:
うむ...

分かった。

って言うかも知れませんよ(笑)。

K:
可能性はなきにしもあらずですね。

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Z:
BAYSIDE Jennyでの初生レゲエはどうでした?

M:
出演してる人もかっこよかったですけど、遊びにきてる人もほんまにかっこよかったですね。

ぜんぜん分かってない感じのお客さんじゃなくて、レゲエが心から好きな人ばかりでした。

過去のものが輝いて見えるとかよく言いますけど、そうじゃなくて、今タイムスリップしてそこに行っても、間違いなくかっこいいと思います。

Z:
なるほど、生レゲエin BAYSIDE Jennyだったんですね。

M:
そこの女子トイレに入ったら、鏡とイスがあったんですよ。

三面鏡にライトが点いてて、楽屋みたいな感じだったんですよね。

そこで、DANCEHALL LOVERゆーんか、奇抜な格好したお姉さんたちが、机に乗っかかって口紅塗ったりしてて、エロい感じなんですよ。

うわ〜!

なんやこれ!って衝撃受けたりとか。

Z:
そこで影響を受けたんですね。

でもMISON-Bはそのとき高校生でしょ?

M:
高校生です。

眉毛ボーボーでしたからね。

Z&K:
(爆笑)!!!

Z:
うわー!!!

恥ずかしい!

眉毛剃らなー!

って思いました(笑)?

M:
ほんまヤバい...って(笑)。

そこで意味もなく朝までいましたね。

Z:
BAYSIDE Jennyまでどうやって行ったのですか?

M:
おじいちゃんにもらった原チャリでブァァァァン!行きましたよ。

Z:
シブい(笑)!

イベントはおもしろかったですか?

M:
めちゃくちゃおもしろかったです。

遊びに来てる男の人も、おしゃれでオーラがありましたね。

そのときに見た人とかが、

いま一緒に仕事してることを考えると、もっと成長しなあかんな...って思いますね。

Z:
えらい謙虚ですね。

そのイベントは誰が出演してたのですか?

M:
トキワの人やMIGHTY JAM ROCK、JTBや、NG君とか。

Z:
個人的に誰がかっこよかったですか?

M:
そのイベントで喰らったのはBOXER KIDですね。

いちばん最初に出てきたっていうのもありますけど、とにかくかっこよかったです。

Z:
NG HEADは?

M:
NG HEADは、レゲエに入ってからなんで、後聴きなんですよね。

Z:
その日もNG HEADは出てたんでしょ?

M:
たぶん、出てました。

Z:
たぶん(笑)。

M:
NG HEADって昔から変わらず、ずっと人気がありますよね。

Z:
そうですね。

M:
NG HEADを観てヤバいなって思ったのは、築港ですね。

築港で観たときに喰らいました。

Z:
でも、BAYSIDE JennyではBOXER KIDがよかったんですね?

M:
はい。

ほんますいません、カツ君の前で(笑)。

K:
ぜんぜんえーよ(笑)。

M:
とにかく、そこからレゲエの現場に遊びに行くことに火が点きました。

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Z:
その次は、どこへくり出したのですか?

M:
次はClub JOULEですね。

Z:
やっぱり、最近の子ですね。

大きいハコが多いですね。

K:
僕らの頃はセントアンズでしたよ。

Z:
JOULEはどんなイベントだったのですか?

M:
そのときはSELECTOR NIGHTみたいな感じで、JUNIOR君とかSAMI-Tとか、TERMINATORのDICEMANとか、SELECTORばかり5人ぐらい出てましたね。

Z:
喰らった(笑)?

M:
喰らったっす(笑)。

けっこうアッパーで、おしゃれなパーティーでしたね。

芸能人みたいな人もいっぱいおって、ちょっとちゃうな...って感じでしたけど。

来てるお姉さんも綺麗にドレスアップしてて、男の人も真木蔵人みたいな。

BAYSIDEで喰らったのとは、また違う感じでした。

いま考えると、当時は何も知らなかったですからね。

その頃は、ひとりでもよくCLUBに行ってましたよ。

Z:
ひとりで!?

すごいですね。

M:
ひとりでひたすら踊って、飲んで。

Z:
未成年は飲んだらダメでしょ(笑)。

M:
そうなんですけど(笑)。

500円ぐらいしか持ってなかったから、ひとりでテキーラ飲んでましたよ。

リーズナブルにテキーラでテンション上げて、踊って、帰る、みたいな。

そんな遊び方してましたね。

Z:
ガンガンでした?

M:
いま思えば、ガンガンでしたね。

ゴミ置き場にダイブしたりとか。

Z:
ひとりで?

M:
はい。

Z:
ええ...!?

M:
酔っぱらって飛び込んでました。

なんか楽しー!!!ってなってたんですよ(笑)。

Z:
それで、いつ歌うの?

いつ歌うの?ってちょっとおかしいですね(笑)。

いつから歌をはじめたのですか?

M:
高校2年ぐらいからですね。

Z:
私もいっとこ!みたいな?

M:
そうですね。

ただ、小さい頃からずっと歌手になりたかったんですけど、安室ちゃんとか見てきたから、それなりの美貌とダンスを踊れなくちゃいけないって思ってましたね。

Z:
ダンスはどうなんですか?

M:
今のほうが踊れます。

でも、レゲエは美貌もダンスも関係ないやん!って気付いて、ここが私の居場所や!って感じでしたね。

当時、好きだった男の子が奈良の人だったんですけど、その子が京都でイベントをやるってことで、そこに出させてもらったんですよね。

Z:
奈良の人とはどこで出会ったのですか?

M:
奈良に住んでた女友達がよく泉州に遊びにきてたんですよ。

泉州っていうか、和歌山と大阪の間の泉南あたりにピチピチビーチって所があって、そこで地元の人たちがターンテーブル持ち込んでレゲエをかけてたんですよね。

そのときに、

私、歌いたいねんけど、どないしたらええか分かれへん...って話したら。

『京都でやる俺らのイベントに歌いにおいでや』って言ってくれたんですよ。

Z:
めちゃくちゃいい奴ですね。

M:
そうでしょ。

それが初舞台だったんですけど、リディム持っていくのを忘れたんですよ。

ラブダブやと思ってたんですよね。

ラバダブっていうのは、リディムとかいらないんですよ。

Z:
曲をかけてくれるからね。

M:
そうなんですよ。

でも、それを知らなくて、アカペラで歌ったのを憶えてますね。

Z:
初舞台、アカペラで歌ってどうでした?

M:
もう頭が真っ白でしたね。

よく憶えてないほどに(笑)。

MDに録って、めちゃくちゃ練習して挑んだんですけどね。

下手クソでしたけどMCの練習もやってました。

Z:
けっこう練習するタイプなんですね。

M:
バリバリ練習するタイプです。

Z:
まったく練習しない人もいるでしょ。

いきなりやる!みたいな。

M:
それってすごい才能だと思います。

私は計画的にやりたいタイプなんですよね。

うまくいかないときもありますけど。

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おじいちゃんにもらった原チャリブッ飛ばし系の青春CLUB行き!

有り余るパワーをゴミ袋にダイブして発散します!

さあ!

いよいよ次回はシンガーとしての彼女に迫る...

と、思いきや!

まさかの!

展開に!

来週は、ZERO MAGAZINE名物、爆笑○○伝説シリーズ開幕!

内角低めのインタビューボールをMISON-Bにフルスイングしていただきます!

お楽しみに!!!

次回更新日は3月26日月曜日です!

MISON-B其の一

12/03/12

ZERO MAGAZINEインタビュー!

今回のお相手は!?

浪花のレゲエシーンから打ち上がった紅の華火!

胸中をパワーで吐き出す女傑シンガー!

MISON-Bのご登場です!

慣らし運転からはじまるこのインタビュー!

途中から曲がりくねってあらぬ方向へ進んで参ります!

老若男女にお楽しみいただける"愛"あるインタビューをどうぞ!!!

MISON01.jpg

ZERO MAGAZINE(以下Z):
今回は、MISON-Bさんのインタビューに、なぜか事務所のカツ君が来てます。

MISON-B(以下M):
カツ君が私をここまで連れて来てくれたんですよ。

ひとりでは、たぶん迷ってここまでたどり着けなかったんで(笑)。

Z:
っていこうことは、方向音痴?

M:
方向音痴です(笑)。

Z:
そうですか(笑)。

いきなりですけど、MISON-Bさんは何歳ですか?

M:
27歳です。

Z:
レゲエ歴は何年ですか?

M:
17歳からはじめたので、もう10年になりますね。

Z:
レゲエとの出会いって何だったのですか?

M:
昔、雑誌のカジカジやカスタマってのがあったんですよ。

Z:
うん...

知ってる(笑)。

M:
まず、その紙面でレゲエの人や、カメラマン、イラストレーターの人たちを見て、大阪ストリートすげえ!

レゲエって熱いんや!って思ったんですよ。

Z:
なるほど、まず雑誌からの情報だったんですね。

M:
そうなんですよね。

で!

須磨のビーチへ行くとBMW乗ってる兄ちゃんとかがレゲエをガンガンかけたりしてたんですよ。

それを見てめっちゃかっこええやん!って思いました。

Z:
そこでハマったんですね。

M:
はい。

Z:
それまでは、どういった音楽を聴いてたんですか?

M:
中学までは、ゆずにハマったましたね。

ゆずの北川悠仁がめちゃめちゃ好きで、追っかけぐらいの勢いでしたよ。

あと、家の近所に憂歌団の木村さんが住んでたのもあって、そこからブルースにのめり込みました。

Z:
憂歌団の木村さん、レジェンドですね。

じゃあ、子供の頃、いちばん最初にハマったのはフォークだったのですか?



M:
いちばん最初は...

たぶん、小室です。

Z:
あ!

そっちだったんですね(笑)。

M:
安室ちゃんやglobe、あとTRFとか。

小学校の低学年の頃ハマってました。

UAもハマりましたね。

Z:
お!

UAですか。

M:
当時のUAのインタビューを読むと、ミナミがかっこよかったって書いてました。

今みたいにくだらない店はなくて...

古着屋とかもかっこよかった、ってROCKIN'ONで読んだのを憶えてますよ。

UAは今でも好きですね。

Z:
なるほど、今はレゲエだけどルーツは小室だったんですね(笑)。

M:
小学校の頃は情報がなかったですからね。

自分から貪欲に掘っていったのはブルースでした。

ただ、その頃はまだ憂歌団の木村さんを知りませんでしたけどね。

他には、Aretha FranklinやJanis Joplinとか聴いてました。

Z:
歌は昔から好きだったのですか?

M:
小さい頃、押し入れの中でよく歌ってましたよ。

Z:
なぜ、押し入れの中(笑)?

M:
あまりにも声が大きくてうるさかったんですよね。

近所からよく苦情がきてました。

Z:
声が大きいんですね。

M:
歌いはじめちゃうと、調節できないんですよ(笑)。

鼻歌程度にやわらかく歌って、って言われても、大きい声になっちゃうんです。

Z:
どうしてブルースからレゲエへいったのですか?

M:
ブルースも好きでぜんぜん歌えるんですけど、遊びに行ってた場所にレゲエがあったんですよね。

あと、生きてきた中で音楽の衝撃を受けることってあると思うんですよ。

例えば、安室ちゃんの"Chase the Chance"のラップを聴いたとき、なんじゃこれは!?っていう衝撃とか。

Z:
その前に安室ちゃんを聴いたことがないんですけど...

良いんですか!

それ(笑)?

M:
それがいちばん初めにハマった曲だったんですよ。

最後に安室ちゃんのラップが入るんですけど、それを聴いたときに、これは何なん?と。

新しい音楽に出会うたびに、そういった衝撃が蓄積されていきましたね。

Z:
なるほど!

安室ちゃんね。

学校はちゃんと行ってたのですか?

MISON02.jpg

M:
真面目に行ってましたよ。

Z:
高校も?

M:
ええ、行ってました。

Z:
カツ君は?

カツ君(以下K):
僕は高校中退っす。

Z:
自分は高校早退です。

1週間しか行ってないですよ。

クビです。

M:
そうなんですね(笑)。

Z:
こんな所おれるかー!

みたいな(笑)。

だから中退じゃなくて、早退ですよ。

親父に!

お前、何しに行ってん!金ムダやんけ!

って言われましたよ(笑)。

カツ君は何年まで行ってたのですか?

K:
3年までですね。

Z:
ええ!?

3年まで通って中退!?

それ病気ですよ(笑)。

K:
まあ...

いろいろとありましたから(笑)。

Z:
MISON-Bは大学に進学したのですか?

M:
大学は行ってないです。

高校の最後は、学費を滞納してしまって、学校から帰ってもらっていいですか?

みたいな感じになってましたね。

授業料を払わなくてもいいものだと思ってたんですよね。

Z:
いやいや、払わないとダメですよ。

M:
いくらか足りなくて、自力でバイトやって納めました。

Z:
そのぐらい負けてくれよ!って感じですね。

M:
その学校は、今でこそアホな学校ですけど、昔は和田アキ子や久本雅美を輩出した名門だったんですよ。

Z:
それ、別に賢いとか関係ありませんやん(笑)。

M:
まあ(笑)!

今は大物になってるって話で。

和田アキ子とは地元も一緒なんですよ。

Z:
それいい感じですね。

和田アキ子先輩とは出会わないですか?

M:
出会わないですね〜!

会ってみたいです。

そういえば、昔に誰かが企画で"ラガアキ子"っていうレゲエカバーをやってましたけど、私もそれをやりたかったですね(笑)。

和田アキ子はSOULがあってかっこいいですよね。



Z:
うーん...

どうでしょうね(笑)。

すごいとは思いますけど、自分は沢田研二が好きです(笑)。

M:
田中裕子とほんとに仲がいいですよね。

Z:
沢田研二はかっこいいですよ。

あの人は、京都のめちゃくちゃ有名な不良ですからね。

M:
あ、京都の人なんですね。

Z:
喧嘩が強かったみたいですよ。

沢田研二って聞くと、みんな逃げるみたいな。

高校生の頃から白いブラウス着てたらしいですからね。

ヤバいっすよ、ジュリー!

『ガキ帝国』っていう映画を観たことないですか?



M:
島田紳介が出てる?

Z:
そうそう、井筒監督の映画です。

その映画に難波の不良が出てくるんですけど!

『今度ダンパやるんすけど、僕の親戚が沢田研二でね!』

っていうセリフが出てくるぐらいなんですよ。

一回チェックしてみてください。

M:
『ガキ帝国』ってまだ観たことないんですよ。



Z:
ええ!?

観てないの?

『ガキ帝国』と『パッチギ!』はめちゃくちゃ感動しますよ。

『パッチギ!』は映画館にひとりで観に行って、思いっきり号泣しましたからね。

友達ともう一回観に行っても、泣きましたから(笑)。

M:
岸和田少年愚連隊もいいですよね。

あれは何回も観ました。

Z:
やっぱり、井筒監督の作品はいいですよ。

M:
井筒監督は女優にもすごく厳しいらしいですね。

ヒロインの沢尻エリカに!

『お前!消え失せろ!』

って言ったり(笑)。

MISON04.jpg
Z:
いちばん好きなアーティストって誰ですか?

M:
なかなか、この人!って絞れないですけど、アーティストとしてなりたいなって思うのは、Sizzlaとか。

Z:
レゲエあんまり分かんないですけど、名前は聞いたことありますね。

K:
いや、でも名前知ってるだけも凄いですよ。

Z:
そうなんですか?

たしか昔、クニヒコちゃんに聞いた憶えがあるんですよね。

K:
ああ、ROTTONさんですね。

Z:
そうそう、幼なじみなんですよ。

出会って二十数年になりますね。

M:
へえ〜、そうだったんですね!

Z:
ROTTONのお兄ちゃんと自分の先輩が友達だったんですよね。

それで、そこによく遊びに行ってたら、弟がいるって話で出会ったんですよ。

ROTTONが高校3年生ぐらいでしたかね。

いきなり現れて...

『俺、ROTTONっていうねん!』

って言うから、

『なんやねん、ROTTONて』

みたいな。

M:
それがはじまりだったんですか?

Z:
そうです。

よく一緒に遊んでましたけど、2年に1回ぐらい喧嘩してました(笑)。

M:
ちょっと、その場にいたら怖い...ですね(笑)。

Z:
殴り合いはしないですけどね。

電話で延々と1時間ぐらい喧嘩したり、そういうのが2年に1回ぐらいありましたよ(笑)。

K:
見てみたいですね。

Z:
けっこうモメてましたよ。

自分が呼んでたイベントに、ROTTONも出てて、相手のグループがひとり来なかったんですよ。

ROTTONは、それにブチ切れて残りのメンバーにナイフを突きつけてたっていうね(笑)。

そのイベントが京都だったんで、自分は行けなかったんですよ。

代わりに先輩に頼んで任せてたんですけど、自分のところに電話がかかってきて...

『今、めちゃくちゃヤバいことになってるから、すぐに電車に乗って京都に来てくれる?』

って言われたんですよ。

それで行ってみたら、みんな一列に並ばされててROTTON一派が!

『メンバーがひとり足らんって、俺らナメられてるんちゃいます?』

ってブチ切れてるんですよね。

『いや、分かるけど用事があるから来られへんの、しゃーないやんけ』

って諭しても、

『今日は言われても引けへんぞ!俺らの地元やからな!』

と、聞く耳もたない感じで...

来れなかったメンバーも、急遽、京都まで来て事なきを得ましたね。

それがROTTONとの初めての喧嘩でした(笑)。

自分が20歳でROTTONは19歳だったかな。

当時はROTTON一派は滅茶苦茶やばかったですよ!

そこからはたまに喧嘩になるんですよね(笑)。

仲が良いこそなんですがね!

M:
そういう感じで突き抜けたら、いい友達になれるんですね。

Z:
モメなかったら友達になれないですよ。

本心を語ってぶつけ合わないと。

それをやると、適当な付き合いをしなくていいんですよね。

KURIRINにしてもそうですけど、とにかく全開でいってますから(笑)。

だから、お互いに何でも言い合いますよ。

まあまあ、ちょっと話がそれちゃいましたけど、え〜っとSizzlaでしたっけ?どこが好きなんですか?

M:
声と、ミディアムからイケイケなダンスホールまで乗っかるキャラクターですかね。

ラスタってのもありますし。

Z:
MISON-Bもラスタなのですか?

M:
いや、私はラスタじゃないんですけどね。

鼻ピアス穴を空けてて言うのもなんですけど、考え方や思想はすごく興味があるっていうか、共感できるんですよね。

過激的な部分とかも。

Z:
え?

MISON-Bは過激的なんですか?

M:
ちゃいます、ちゃいます(笑)。

PUNKっていうか。

Z:
PUNK好きなんですか?

M:
特に好きってわけじゃないんですけど(笑)。

ベタなSEX PSITOLSとかしか知らないです。

Z:
27歳ならまだ知ってるほうですよ。

ふつう、その年齢の女の子は知らないですよ。

M:
私はもっといろんな国の音楽を知ってほしいって思います。

なんか、みんなジャンルで分かれるじゃないですか。

Z:
まあ、今はそんな感じですよね。

昔はPUNK聴いて、レゲエにいった人がいっぱいいましたからね。

ROTTONも、まさにそんな感じですよ。

彼はもともとPUNK BANDをやってて、名前もSEX PISTOLSのJohnny Rottenからきてるぐらいですから。

M:
PUNKもレゲエも反社会的な部分は同じですもんね。

Z:
そうですね。

M:
ROTTONさんのPUNKが音楽の入り口であったように、自分も若い世代の子たちに、新しい音楽の発見の入り口でありたいなって思ってます。

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安室ちゃんのRAPでパカーン!と花開いた音楽脳!

そして、ゆずからブルース、レゲエへと雑食に串刺していきます!

次回は!

関西ファッション誌から情報を吸い込んだMISON-Bが、夜な夜なCLUBへくり出す日々がはじまります!

次回更新日は3月19日月曜日です!
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