INTERVIEW

MASATO其の一

10/01/25

サイコビリーという枠組みの中に収まりきらない強烈なオリジナル、ハードコアにスラッシュする音の塊は完全に聴衆を襲う...。

HELLBENTのグルーヴの中核を担うドラマー、マサト君のインタビューです!!

今回もZERO MAGAZINEマナーに則り、幼少期から紐解いていくと衝撃のバンドデビュー事実が!

初っぱなからブッ飛ばしてくれるインタビュー、パート1!!!

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ZERO MAGAZINE(以下Z):
今回は、マサト君のインタビューをやりたいと思います!

MASATO(以下M):
よろしくお願いします!

Z:
いきなりですが、マサト君はどこの出身ですか?

M:
栃木県の宇都宮です。

Z:
宇都宮と言えば、餃子!

M:
餃子ですね。

Z:
餃子は好きですか?

M:
餃子好きですね。

Z:
宇都宮の餃子で有名な所はどこですか?

M:
"みんみん"って所が有名で、学校帰りによく食べましたね。

地元で住んでた頃は行列なんてできなかったですけど、今は帰った時たまに行くと1時間ぐらい並ばないと食べられないですね。

Z:
そうですか〜。

ということは、行かない?

M:
行かないですね。

Z:
宇都宮はどんな街ですか?

M:
僕が住んでた頃は、先輩も後輩も含めて同世代の人達は盛り上がってて、ロカビリーもサイコビリーも居たし、パンクもハードコアも居ましたね。

もちろん暴走族やチーマーみたいなのもいっぱい居ましたけど。

Z:
そんなにいっぱい居るんですか(笑)。

すごい街ですね。

M:
そうですね(笑)。

小さい街ですけど、メインストリートの辺りが何かよく分からない感じになってます。

いつも喧嘩になってますよ。

Z:
そうですか(笑)。

Z:
マサト君は子供の頃どういう感じだったのですか?

一人っ子ですか?

M:
そうですね、母親と僕一人で。

結構おとなしかったと思いますね。

不良とかじゃないですけど、学校へはあまり行ってなかったですね。

Z:
中学校の時ですか?小学校は行ってましたよね?

M:
小学校もほとんど行ってないです。

Z:
小学校行ってない!?マジですか(笑)。

小学校は何年生ぐらいから行ってないですか?

M:
まあ、ちょこちょこは行ってましたけど、4年生ぐらいまではあまり行ってないですね。

出席日数ギリギリでした。

Z:
そうなんですね〜!それでよく大丈夫でしたね。

今、ちゃんと生活できてますもんね、たし算とかできますよね?

M:
できますよ(笑)。

Z:
今ちょっと心配になってしまいましたよ(笑)。

M:
通信簿には4年生ぐらいまで"協調性がない"って書かれてて。

クラスの子ともあまり喋らなかったみたいですね。

"積極的に友達を作りましょう"って書かれてましたね。

Z:
それで4年生ぐらいから、きちんと通うようになったのですか?

M:
5年生の時に隣の街へ引っ越して、転校することになったんですよ。

それから明るくなったというか。

Z:
それは学校が悪かったのですかね?

M:
何ですかね。

5年になってサッカーを始めたんですよ。

Z:
そうなんですね。

楽しかったですか?

M:
そうですね。

毎日、一所懸命やってました。

Z:
じゃあ、5年生から"協調性がない"って書かれなくなったんですね(笑)。

M:
そうです(笑)。

Z:
サッカーは真剣にやってました?

M:
ええ、割と真剣でしたね。

Z:
中学校もサッカーを続けましたか?

M:
中学校はやってないですね。

Z:
やってないんですか(笑)!2年間だけじゃないですか(笑)。

M:
ええ(笑)。

Z:
まあ、その時は真剣だったんですね。

M:
そんな感じです(笑)。

Z:
中学校はどんな感じですか?

M:
中学校は不良やヤンキーって感じじゃなかったんですけども。

友達がそういった感じでしたね。

中学の時ってよく車乗ってる奴とか居るじゃないですか。

Z:
居ない、居ない(爆笑)!

M:
金髪でスカジャン着て、太いズボン履いて...。

Z:
ビーバップでしょ、それ(笑)!金髪のリーゼントですか?

M:
いや、何かこうBUCK-TICKみたいな頭して。

Z:
髪立ってる(笑)?それにスカジャン着て、太いズボン...意味が分からないですね(笑)!

M:
授業中とか、ブウォォォォン!!って音がして外を見ると、ハコスカに乗った同級生が運転してたりとか。

Z:
宇都宮は危ない所ですね(笑)。

M:
僕の2つ上ぐらいの人達は危ない人が多かったみたいですね。

Z:
その車に乗って来る友達は誰の車ですか?

M:
先輩とかに借りてくるんじゃないですかね。

Z:
貸してくれるんですね。

M:
中学は普通の子でしたよ。

Z:
いやいや普通じゃないでしょ(笑)。

M:
まあ、僕自身は一応普通でしたよ。

Z:
ああ、マサト君はね。

でも周りの人は普通じゃないでしょ。

かなり危ないですよ、凶暴(笑)!

M:
そうですね。

子供なのに車乗って来ますからね。

まあ、僕もたまに暴走族の友達の家に遊びに行って、バイクを改造してるの見てたりしましたけど。

Z:
それでシンナー吸ったりして?

M:
そうですね。

Z:
吸ってるじゃないですか(笑)!不良じゃないって、不良でしょ!!

どこのラインで不良か不良じゃないって感じなんですか(笑)。

M:
いやまあ、不良は学校で目立った人達というか...。

Z:
でも、吸ってたんでしょ?

M:
ええ、まあ。

Z:
周りから見たら不良です(笑)。

マサト君的には不良じゃなくても、普通の生徒から見たら立派な不良ですよ。

M:
でも学校じゃ吸わなかったですよ(笑)。

Z:
そうですか(笑)。

それにしても、宇都宮はすごい場所ですね。

M:
そうですね。

中学2年まで普通に過ごしてたんですけど、中3からバンドを始めましたね。

Z:
ハードコアですか?パンク?

M:
いえいえ、その時はですね...あれですよ ...文化祭でやる感じの...。

Z:
BOOWY?

M:
そうです(笑)...恥ずかしい話ですが...。

Z:
その時はドラムですか?

M:
ドラムですね。

Z:
ドラムになったきっかけは何ですか?

M:
最初はベースをやりたかったんですよ。

ベースっていう楽器自体、どういう物か分かってなかったんですけど。

あとギターはみんな持ってましたからね。

それで『 ベースをやりたい 』って言ったら、もう持ってる奴が居たんで ...
『 じゃあ、マサトはドラムやりなよ 』って言われて、次の日に買いに行ったんですよね。

Z:
ドラムを!?

M:
はい。

Z:
そのお金はどこから?

M:
貯めてたお金で買いましたね。

Z:
でもドラムは高いでしょ?

M:
4万円ぐらいの初心者セットみたいなのを買いましたね。
シンバルを叩くとベローン!って裏返っちゃうような感じの。

Z:
家で練習してたのですか?

M:
練習は家ですね。

Z:
かなりうるさいでしょ?

M:
近所の人はすごく迷惑だったと思いますね。

Z:
でもとりあえず叩いてました(笑)?

M:
毎日やってましたよ。

家に誰も居ない時は、ギターとベースのアンプ持ち込んで練習してましたね。

Z:
駄目でしょ、それ(笑)!隣の家の人死ぬでしょ。

M:
そうですね(笑)。

そんなに田舎でもなく、住宅地でしたからね。

Z:
爆音で練習してたのですか?

M:
ええやってましたね。

Z:
近所の人に怒られなかったですか?

M:
怒られますけど、『 まあ、待て! 』って言って(笑)。

練習しなきゃいけないですから。

『 やんなきゃいけねぇんだよ! 』って言ってましたね(笑)。

Z:
(爆笑)!!

強引ですね。

我が道を行くって感じですね。

隣の人も理解してくれてました?

M:
たまに家に電話かかってきてましたね。

『 すいません、ちょっとうるさいんですけど... 』って言われたら、『 はい、分かりました〜 』って言って、すぐ音出して練習してましたね(笑)。

Z:
全然聞いてない感じですね(笑)。

もう、電話出なけりゃいいじゃないですか。

M:
そうですね(笑)。

まあ、そういうのが続いたら周りも諦めてくれたって感じですね。

しょうがないな、みたいな。

Z:
俺、勝ったぞ!みたいな(笑)。

それで、文化祭に出たんですよね?BOOWY?

M:
ええ、13曲。

Z:
全部?

M:
そうですね。

Z:
ヤバいですね、全曲(笑)!

何故?BOOWYなんですか(笑)。

M:
俺もあんまり音楽とか知らなかったんですけど、とりあえずギターの奴が『 BOOWYやろうぜ! 』って感じで。

Z:
布袋好きなんですね。

M:
ギターに手描きで描いてましたね。

Z:
描いてしまった!?黒に、白で(笑)。

もちろん歪んでるでしょ?

M;
もちろん(笑)。

Z:
あの柄を描いてしまいましたか〜。

かなり好きですね、それは。

"NO N.Y."とかを?

M:
やってましたね。

Z:
(爆笑)!

じゃあ、初ライブはBOOWYだったんですね。

M:
そうですね〜。

14歳ぐらいの頃ですね。

Z:
ハードコア!!!とか言ってるのに(笑)。

その文化祭は上手くいきました?

M:
成功しましたね。

Z:
もう熱狂でしたか?

M:
まあ、当時は流行ってましたからね。

Z:
BOOWYやったらウケますよね。

なぜラフィンノーズはやらなかったんですか?

M:
僕は"ミート・マーケット"とか聴いてたんですけども、周りの人達が知らなくて...。

Z:
やっぱりBOOWYのほうが知名度が高かったですか?

M:
そうですね。

Z:
そのままずっとBOOWYのコピーバンドは続けてたのですか?

M:
BOOWYは中学の時だけですね。

文化祭終わってから、もういいやって思ったんですよ。

それで同時期にパンクも聴き始めてたんですよね。

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壮絶な環境の中で育ったことにより、他の地では得られない特別な感性が芽生える...。

中学生で体験した観客が熱狂する快感は、さらに深い欲望となって、飽くなき探求が始まる!

次回はパンクの初期衝動が脳天を突き抜け、現在のサウンドの原型を築きます!

次回の更新は2月1日月曜日です!!!

WANTO其の三

10/01/18

WANTO君インタビュー、最終話!

自身のブランド"HOMERUN"、そして日本人のファッションの価値観。

最後にはグラフィティ活動をする上で、自分自身に言い聞かせる、スローガンを掲げる!

さらに熱く成りゆくインタビューは必読です!!!

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W:
グラフィティ中心の生活を10年やってきて色んな物を見てきた気がしますね。

バイオレンスな物であったり、本当に綺麗な物であったり、人間味のある事だったり...そういうのを一番知ることが出来るのが自分の中でグラフィティだったんじゃないですかね。

グラフィティが身近にあった存在ですね。

Z:
その発信手段としてTシャツとかもやっているじゃないですか。

グラフィティとは違った表現方法でTシャツをやると思うんですけど、世の中にはTシャツっていっぱいありますよね。

HIP HOPのようなTシャツもあるし、ストリートブランドもあるし。

WANTO君はグラフィティを10年やってきたけど、アパレルは10年もやってなくて、そこに何かを見出したわけですよね。

"HOMERUN"は何年やっているのですか?

W:
"HOMERUN"は手刷りの物から始めて2年目ぐらいですかね。

Z:
2年やってみてファッション業界というものはどうですか?

W:
自分の考え方では流行に合わせるって形でやってないっていうか...
無理矢理その業界に"HOMERUN"を投入して逆に"HOMERUN"に合わせていくって考えでやってはいるんですけど...。

そいういう風にやってみて、売れないなって思いましたね。

でもまあ、最近は伸びてきてますね。

興味を持ってくれる人が増えだして嬉しいですよ。

ストリートブランドって意味でやってますからね。

日本にストリートブランドっていっぱいありますけど、面白いのが少ないです。

ただ洋服の型だけはすぐれている様なものが多いですね。

ストリートブランドって文化の紹介のひとつだと思っているので、そんな文化が百個も千個も枝分かれしてる国なんて他に無いと思いますし。

Z:
そう言えば他に無いですね〜。

W:
日本は日本人が圧倒的に多く住んでいると思うし、人種も他の国からたくさん入って来て、移住しているとは思えないし、日本人がそんなにカルチャーを何個も持ってるとは考えられないですよね。

オリジナリティーは数個に過ぎないのではと思います。

だからおかしな場所だなと感じながら、そこに"HOMERUN"を投入してますね。

ひとつのカルチャーを作っていけたらと思ってます。

全部は難しいですけど、入り口としてですね。

Z:
確かに日本はブランドがすごく多いですよね。

アメリカのほうが遥かに人口は多いですけど、アメリカはそんなにストリートブランド無いですもんね。

片手も無いぐらいじゃないですか。

W:
そうですよね。

面白くなかったら成立しないですもんね。

自分もストリートブランド、"ブランド"って言葉をそんなに簡単には思ってないので。

"ブランド"ってやっぱりお高い印だと思うんですよね。

アメリカとかだったらやっぱりそんなに印があるわけが無いっていうか...そこは共に喰い合うというか...。

簡単には出せないですよね、出せても1回。

売れなければお終いって結果になりますよね。

でも日本でもだんだんそうなってきてる感じはありますね。共に喰い合うというか...。

"HOMERUN"を手刷りで始めた頃は心配もしてなかったですけどね。

もう本当にこっちのノリでやってましたので。

でも続けていくからにはそれなりに考えて仕掛けないとって思ってて。そこが面白いです。

そういう意味でブランドの印に興味を持ってくれてっていう気は...気はしてるだけですけども(笑)。

Z:
(笑)。

W:
先程、"HOMERUN"はどこで見れるのか?っていう質問がありましたけど、ほとんど見れないんですよ(笑)。

それでも伸びてるってことは、カルチャーに興味を持って、文化に参加してくれる人が多くなってきてるのかなって思いますね。

自分自身で選択出来る人が増えてきている様な。

Z:
本当に日本にはストリートブランドが多いですよね。

W:
いやぁ〜、そういうのガンガン喰っていきますよ。

ファッション、アパレルの土壌でそういうのが無いと面白くないと思うので。

面白いブランドがどんどん出て来てヒヤヒヤするというか。

グラフィティも一緒ですけど、面白いヤツが出て来ないと張り合いが無いですよね。

だから新しいチャレンジで喰っていけるかっていう。

Z:
頂く!!みたいな(笑)。

W:
そうですね(笑)。

Z:
いつも活動的ですもんね。

W:
そう言って頂ければ!

自分を客観的に見たらどういう生活になってきてるのかな?って分からなくなってるんですよ(笑)。

とりあえずライフスタイルを繋げていってる感じですね。

いらない事はまったく考えてないので(笑)。

Z:
(笑)。

W:
ポジティブじゃないと死んでしまいますね、辛過ぎて。

かなりネガティブなんですよ(笑)。

Z:
そうなんですか(笑)!?。

W:
正直よく分かんないですけど(笑)。

Z:
近々、その表現方法としてART SHOWがあるって聞いてたんですけど?

W:
ART SHOWってすごく格好良い言い方なんですけど、PARTY(ART SHOW)みたいな(笑)。

11月7日〜28日まで3週間ぐらいですかね、自分の内面を出すっていう。

アメリカの友達のFANTAっていう人と一緒にやります。

FANTAはサンフランシスコなんで、アメリカのストリートと日本のストリートの交流のPARTYみたいな感じですね。

ちょっと大きめのサミットが開かれます(笑)。

アメリカのストリート、日本のストリート両方を紹介できればなって思いますね。

Z:
多分、このインタビューが掲載される時にはそれが終わってると思うんですよ。
だから違う所で紹介したいと思うんですけど、それはどういった作品を出すのですか?

W:
SHOWの内容的には自分達の一室を作り上げるっていうイメージで。

それが自分達の内面的な部分なんですけど、それを部屋っていう形にして表現する感じですね。

そこに汚い物だとか可愛い物だとか、留置所の鉄格子があったり、警察が居たり手錠があったり血があったり...。

パンティーもあったりして。

自分達が普段見てるような物達がそこにあると思います。

もうSHOWが近いんですけど、ほとんど何も作れてないですね(笑)。

何とも言えないですけど、まあそれは完全に出来上がりますので。

何も無くても自分達が居るので。

自分達が居るっていう事がすごい事です。

それがPARTYっていうか......ムチャクチャですけどね(笑)。

Z:
(笑)!

W:
何を売るかなんていうのも分からなくて。

正直、売りたくないみたいな。

次があるか分からないけどPARTYをやる!!っていう感じです(笑)。

Z:
とりあえず、今回やる!!みたいな(笑)?

W:
そうですね〜。

そこにビジネス関係の人やストリートの人など色んな人を呼んで、どうですか!っていうところですかね(笑)。

その受け方、感じ方は勝手で良いです。

答えはまったく無いので。

Z:
もちろん僕も行きますよ!
そこでZERO MAGAZINEで写真を掲載出来たら読者の人の目にも留まるかなと思いますので。
まあ、グラフィティって特殊ですもんね。

W:
特殊って思われがちなんでけど、一番普通だと思うんですよ。

Z:
そうですか(笑)。

W:
子供の時って落書きしてもOKですよね?

ルールの中での大人って言葉に変わった時にダメになるだけだと思うんです。

Z:
確かにそうですよね。

W:
だから一番普通の事だと思いますね。

それがいつからかダメになるんですよ。

Z:
小さい子は怒られないですもんね。

W:
歳もありますけど、分からないですね。

いつ決められる状況になったのかも分からないですし、ずっと子供のままなのかも分からないし。

自分はもう大人なのか子供なのか分かりませんね(笑)。

Z:
すごいところに行ってますね(笑)!!

でも、そうですよね。

子供の時はチョークで道に落書きしたりしますもんね。

W:
みんな絶対に経験があると思いますよ。

Z:
自分も子供の頃、必死に壁とかに描いてましたね。

W:
それがいつからかダメになって、終いには手錠をかけれて罰金とかになっちゃって...。

誰かの事しってるか?とか誰かの事吐け!とか、そんな事になりだして(笑)。

そんな事言われても分かんないですよ。

人々が作って紹介し合っている世界で生活してますけど、自分は矛盾の中で浮遊してますね。

そこを泳いでる感じですもん。

答えをみんな決めたがるけど、良い事っていうのは法律の中での事なので...。

だから"HOMERUN"に興味のある人達は、すごく善い人で、すごく悪い人だと思うんですよ。

とりあえず肯定はできないので、矛盾の中を浮遊して生きてやる!って思いますね。

Z:
生きてやる!と(笑)。

でもなかなかチェックできないので、自分でチェックしろ!と。

W:
そうですね。

生きてやる!っていうのは本当に重要ですね。

自分の同志というか、街に絵を描いてる人がドラッグとか事故とかで死んでいくの見ると寂しいんですよね。

だから、俺は生きてやる!って思ってますね。

それが存在理由な気がするので。

グラフィティは何なのか?とかは難しくて答えられないですね、はい。

Z:
とりあえず、最後に生きてやる!と。

W:
そうですね。

自分は死んでから輝く人達の中に居る気がしますね。

Z:
なるほど〜。

では、最後は生きてやる!って感じですね。

W:
完全にサヴァイヴですね。

どう逃げて、どう入っての繰り返しです。

Z:
とりあえず、246と"HOMERUN"をチェックしろ!と。

W:
そうですね!

あとはFREE SMOKEEです。

東京のグラフィティですごく内容のある形を残しています。

Z:
分かりました!

今日はありがとうございました!

W:
すいません、適当で...。

何言っていいのか分からないんで(笑)。

Z:
いえいえ、大丈夫です(笑)!

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『生きる!』

シンプルな響きの言葉の中には、これからもずっと活動を続けるという堅い意志が感じられました!!

よりポジティブにエネルギーを生み出し、それを持続させていくことは何においても重要ではないでしょうか...。

絵を言葉で表現するというのは不可能ですが、その人の言葉で頭に絵を描くことは可能だと信じ、今後もインタビューを続けます!!!

次回の更新日は1月25日です!!!

WANTO其の二

10/01/11

WANTO君インタビュー、パート2!!!

現在活動するクルーの話を経て...
日本社会におけるグラフィティというものからひとつの答えを見出す...。

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Z:
ちょっと変な質問なのですが、最初は描く事が分からなかったんですよね?

W:
ええ、まったく分からなかったですね。

Z:
ということは、誰かに教えてもらってるのですか?
何か師匠と弟子みたいな世界とかあるじゃないですか。

W:
始めた当初は分からないでとにかくやってましたね...だからもう手探りでした。

それで捕まったりもして...。

本当に自分に対しての問いってすごかったですね。

何で俺はこれをやってるのかまったく分からないっていうか。

ただ高揚するというか。

Z:
そうなんですね(笑)。

W:
形を誰も教えてくれない、誰も合わない、何が正しくて何が正しくないかも分からなかったんですけど、没頭してる自分が居ましたね。

師匠っていうのは直接居ないですけど、スタイルとか形自体を教えてくれたのはアメリカの友達が多いですね。

その形を継承して、それをベースに自分は日本で進める感じですかね。

師匠、弟子って感じではなくてクルーって形になるのかな。

先人達の作ってきた歴史の中に自分は参加してるっていうか。

グラフィティの歴史っていうのは確実にあるものですからね。

70年代に誰かが始めて、トーナメントのような形ができて、今の姿があるんじゃないですかね。

何百、何万のトーナメントのかなり下のほうで、自分は上を目指して頑張ってるのかなって感じがありますね。

Z:
そのクルーっていうのには属してましたよね。

それはどういったクルーですか?

W:
日本ではOWNとMURってクルーと、あとは最近作った東京のオリジナルのクルーで246です。

あとはアメリカのクルーでMSKってクルーでやってますね。

Z:
クルー、246とは?

W:
そこは凄く!...注目度大!!!ですね(笑)。

Z:
それはいつ結成されたのですか(笑)?

W:
半年前くらいですかね。

新しいです!

Z:
それはなぜ結成しようと思ったのですか?

W:
東京の塊っていうか東京ベースのクルーでチャレンジしたかったんですよね。

まあ、"HOMERUN"と一緒ですよね(笑)。

Z:
そうですね(笑)。

Z:
メンバーは何人ぐらい居るのですか?

W:
メンバーはですね、WANTO、SECT、TOM、LPS、RESQ、VERY、GKQですね。

それが今動いてるチームです。

Z:
すごいメンツですね!

W:
とりあえず、街の話が出来るチームです。

Z:
半年前からだったら、できたてホヤホヤのチームですね。

W:
最初は一人で描いてたんですけどね(笑)。

Z:
246(笑)?

W:
はい(笑)。

246ってのは東京の大きな道の名前なんですけど、それを大阪の路地裏に描きまくってましたね(笑)!

Z:
東京だけど大阪で描く!みたいな(笑)。

W:
東京への入り口っていうのもありますね、246は喉元っていうかそういう感じが。

何十万の人が見る可能性があるので、大渋滞ですよね(笑)。

Z:
そうですね(笑)。

なるほどね〜、じゃあそれを今はプッシュしてる感じですね。

W:
そうですね、そこら辺から自分等の言いたい事とかをフィルター通して見せていけたらって考えてますね。

大渋滞で!

Z:
大渋滞!

3重マルぐらいですね!

W:
そうですね、花マルです(笑)!

Z:
さっきも喋ってましたけど、力士シールとかグラフィティってテレビに出ると秘密結社ぐらいの勢いで報道されるじゃないですか。

そういうのってどう思います?

W:
日本を問わず世の中の人って、本当に犯罪が好きなんですね。

そんな感じがします。

そうじゃなければ、なぜそんなに犯罪を表に出すのか分からないですよね。

みんなは犯罪って言って苦い顔してますけど、本当は欲しくて欲しくてしょうがないんじゃないですかね、何か(笑)。

Z:
そうですね(笑)。

のりピーにしてもそんなに報道しなくてもいいのにね。

W:
まあ、迷惑するのは当人なんですよね。

徳するのも当人なんですけど。

犯罪の中に何かあるのかなって思います。

白と黒があるならば、ずっうっと白に居て、白過ぎて何がなんだか白自体が分からなくて、黒を見たいっていうか。

冒険心とか探究心ですかね。

こういうのって人間の本質ですかね?

実際は本当に白に居たいじゃないですか。

Z:
まあ、そうですよね。

W:
だから黒に興味を持って、どんどん話が大きくなるのかなって。

グラフィティでこんなに話がデカくなるっていうのはそう思いますね。

Z:
2年前くらいにBNEって何の暗号だ!?っていうのもあったし、最近は力士シールが問題になってますもんね。

W:
分からない事だらけですね。

Z:
そうですね〜。

もう10年やってて、今はそれが職業ですよね。

W:
まあ、職業というかライフワークですね。

Z:
やり始めの時はもちろん働きつつやっていたんですよね?

W:
そうですね、コンビニやったりして友達来ていろいろパクりまくったり(笑)。

派遣やったり土方をやったり色んな仕事をやりましたね。

Z:
音楽とかにしてもそうなんですけど、途中でやめる人もいっぱい居るじゃないですか。

フェードアウトするじゃないですけど、これ以上無理!みたいな事もありますよね?

W:
ええ。

Z:
でもやり切ってる人もいっぱい居ますよね。

そういうターニングポイントというか、何がきっかけでやっていこうと思いましたか?

W:
う〜ん、そうですね...。

一番、性に合いましたね。

スケートボードやったり、音楽やったりいろいろやりましたけど、一番長くやってるっていうのがひとつの答えなんですよね。

10年続けてる事が他にあるか?って言ったらないですもんね。

飯を食うとかは別にして(笑)。

だから、ただそれだけですね。

一番、没頭しちゃうっていうか。

10年それをずっとやってきた俺はかなり偏ってきてるんだろうなとも思いますけどね。

知らない事がたくさんありますし、サラリーマンを10年やってきてる人とは違う物を見てきている感じもあります。

Z:
そうですよね、確かに。

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街に描かれたグラフィティーに目を向けると"アート"としての目線と"犯罪"を見たいという欲求が相まって独特の世界観を感じる...。

発信する側と受け手側、お互いの駆け引きがグラフィティには存在するような気がします!

次回はさらにWANTO君自身の内面が剥き出したトークが繰り広げられます!!

次回更新日は1月18日月曜日です!!!

WANTO其の一

10/01/03

街中で不意に飛び込む"WANTO"の文字...

東京で暮らす人の中で、彼の作品を目にした事が無い人はまず居ないでしょう!

ここににも!あそこにも!

クラシックな地軸を持ちつつ、独創的なアートワーク爆弾を夜な夜な投下し続けるグラフィティアーティスト、WANTO君のインタビューです!!

作品、意志、人...

ZEROMAGAZINEが全部まとめてインタビュー!!!

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ZEROMAGAZINE(以下Z):
今回は、WANTO君をお招きしてのインタビューです!

WANTO氏(以下W):
よろしくお願いします!

Z:
まずは...経歴。

違うな...

W:
(笑)。

Z:
WANTO君は現在、どういった活動をしてますか?

W:
え〜っと...まあ、ストリート生活をして街に絵を描いたり、洋服を作ってみたり。

Z:
あ、洋服も作ってるのですね!

W:
そんな事もチャレンジしてみたいな〜、と思って始めてみました。

やってみなきゃ!って思った感じです(笑)。

Z:
そうなんですね(笑)。

W:
慣れないファッションところに(笑)。

Z:
それはもう発売されているのですか?

W:
発売されてますね。

1年ぐらい前からやってます。

Z:
ちなみにブランドの名前は?

W:
"HOMERUN"って言います(笑)。

Z:
"HOMERUN"(笑)。

それはどこで情報をGET出来ますか?

W:
情報はほとんど無いですけど(笑)。

街のお話の口コミが大半で、ちょろちょろとSOURCE MAGAZINEに紹介してもらったりって感じですね。

あとは...街に紹介をしてますね。

Z:
街に紹介、なるほど(笑)。

ブランドはなぜやろうと思ったのですか?

W:
グラフィティとはまったく違うことをしてみたいっていうのがあったんですよ。

で、始めるのに何がいいか?って考えたらステッカーを作るみたいなノリの延長線上で作りやすかったのがTシャツだったんですよね。

それでSECTっていうのと手刷り作って。

手慣れない感じでいろんな所からTシャツ引っ張ってきて、最初は限定100枚ぐらいで作って、手売りでやり始めました。

お金も無かったので全部で手刷りでしたね。

それがグラフィティ以外で自分に出来る事だったんです。

まあ、グラフィティ以外でどうして始めたってところなんですけど、グラフィティって言葉で説明しても説明できない物だなって正直なところあったので、洋服だともうちょっと分かりやすく伝わるかなって考えがありましたね。

分かりやすくっていうよりも、手に届きやすくなるかなって思って何となく始めましたね。

Z:
なるほどね〜。

グラフィティ暦はどれぐらいですか?

W:
10年ですね。

東京で1998年から始めましたね、2009年なんで、11年ですか。

Z:
きっかけは何だったのですか?

W:
横浜の桜木町の壁に絵が描いてあったっていうのもひとつですね。

あとはFineっていうストリート雑誌のような、ファッション雑誌のような、サーフ雑誌のような...
まったくよく分からずに見てたんですけど、そこにグラフィティのコーナーみたいなのがあったので、それを見て興味を持ちました。

それと下北沢にグラフィティの物を売ってる『 FUNK CRIB 』というお店があって、そこに地元の友達がよく出入りしてたんですよ。

西海岸やN.Y.など置いてある物がとにかく格好良かったですね。

それでハマって、鞄に描いたりノートに描いたりして...その辺からですね。

Z:
そうなんですね〜。

W:
その頃、駒沢公園にみんな絵を描いてたんですよ。

自分は描いてなかったんですけど、ファンの一人としてスケボー持ってよく行ってましたね。

KANEって人間が居て、98〜99年頃はそこによく描いてたんで。

その年代がすごく刺激的でのめり込んでいきましたね。

でも、いざグラフィティを始めるとなると、どこにもヒントが無いっていうか、どうやったら出来るんだろうっていう(笑)。

Z:
はい(笑)。

W:
どうやって描くのかも分からなくて...

Z:
そうですよね。

W:
スプレー缶を使うも、綺麗に描けるわけが無いので(笑)。

普通にスプレー缶使ったら、縦長に出たりして。

何でみんなこんなに上手く描けるのかな?って思ってましたね。

諦めそうになったり、ムシャクシャしたりしながら手探りでやっていった感じですかね。

そんな感じで11年。

ただ進行形っていうかまだ11年ですね、俺は。

Z:
これからですか!?

W:
そうですね!

アメリカの友達の話とかを聞くと、平気で20年以上やってますんで。

倍ですよね。

年齢は同じくらいなんですよ。

そう考えると、すごい経験をしてきてるんだろうなって思いますね。

俺がやり始めた10年前からやってるってことは、自分は10歳ぐらいじゃないですかね。

見て来てる物が違うなって。

Z:
グラフィティの映画で『 STYLE WARS 』とかあるじゃないですか。
あれとかも1970年代ですもんね。

W:
そうですよね。

Z:
アメリカだったらすごく子供でもグラフィティやってるヤツいっぱい居ますもんね。

W:
『 WILD STYLE 』とかは86年とかに作られてるんですけど、70年代当時からの映像がまとめられてるんですよね。

それが80年代に日本に入ってきて、それからって感じで。

それまでは暴走族ですよね。
Z

そうですよね。

W:
暴走族の落書きはすごく見てましたよ(笑)。

Z:
(笑)。

W:
それが今や10年以上経って街を見るとそういう落書きがほとんど無くなってて。

まあ、それがグラフィティに変わってるって感じですよね。

逆にまた暴走族の落書きが見たくなってきてますね。

要はその落書きが英語になったり、カラフルになったりしてるだけに感じるんですよ。

暴走族のような伝統的なグラフィティは日本だけじゃなくって、ブラジル、メキシコに行ってもそういう地元のスタイルみたいな物があったりして。

そういう部分を大切にしたいなって思って、自分は逆に英語を使ってますね。

よく『 日本語を使えばいいんじゃない? 』ってことを言われるんですけど、やっぱりアルファベットが世界共通の言葉で分かりやすいんですよね。

"A"は"A"でみんなおそらく読めると思うんで。

日本語や漢字を使っても正直、日本人しか分からないですからね。

そのあたりは分かり易くって思いますね。

Z:
なるほどね〜。

W:
『 オリジナルじゃないのか? 』とか『 全然落書き変わらないですね? 』って言われたりすると、またその質問か!って思うんですよ。

もう聞き飽きた感じです。

自分では細かい部分とかすごく進んでますよ!って。

HOMERUN-ad.jpg

初めて手にしたスプレー缶から縦長に飛び出したインク飛沫...

WANTOのこれからの生活を決定付けた瞬間です!

手探りで突き進む中に"オリジナル"というモノが生まれるのでは!?

次回は活動するクルーの話から、世の中におけるグラフィティの存在理由etc...

加速度的にインタビューが広がります!!


次回更新日は1月11日日曜日です!

昨年迄にはインタビューの更新日が金曜日でしたが...

2010年からは1週間の始まり!月曜日にさせて頂きます!今年も宜しくお願い致します!!!

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