INTERVIEW

ER-ONE其の二

10/02/22

ERONEインタビュー、パート2!

音楽には目もくれずのティーンエイジだったERONEは、ある一本の映画から覚醒する!!!

あっ!と驚くパンチラインも飛び出すインタビューは過去がじっくりと丸裸にされていくほど...

笑いに包まれる...。

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Z:
それにしても、なぜ農業の学校へ行こうと思ったのですか?

E:
最初は高校すら行く気なくて、中学校を卒業したらすぐに調理師になろうと思ってたんですよ。

だけど、それはちょっと...って感じで親に止められたんですよね。

『 せめて高校は行ってくれ! 』って言われて。

それじゃ、食品に関係する学校へ行こうと思って、食品加工科へ進んだんですよね。

すごく偏差値も低くて、地元で一番アホな高校よりも下なんですよ。

本当はもっと上の高校へ行けたんですけどね。

Z:
村長! 今、『 俺はもっと上の高校へ行けた 』と言ってますが(笑)?

S:
かましてますね!

E:
いやいや、本当に。

もうちょっと良い高校に行けましたよ(笑)。

俺、小学校の頃は神童で、メチャクチャ賢かったんですよ。

S:
神童!?

E:
神童は言い過ぎですけど、賢かったんですよ。

小学4年ぐらいまでは、100点しか取らないみたいな。

小学校のテストって簡単じゃないですか?

Z:
まあ、そうですね。

E:
親父が公文で働いてたんですよね。

だから物心ついた時からずっと公文をやってたんですよ。

小学校2年の時点で、高校2年の数学レベルの過程を終わらせてたんですよ。

S:
神童じゃないですか!!

E:
二次方程式とかも、小2でパパーッて解いてましたからね。

今はできないですけど(笑)。

分数で2と2分の1みたいなのが出てきた時に、『 先生、それなくなるでしょ 』って言ったら...

『 もう、古山君はだまっておいて下さい! 』みたいな。

Z:
え?何山?

E:
自分、古山っていうんですよ。

Z:
ER-ONEは古山君?

S:
マサ古山ですね!

E:
斉藤やん! それ。

Z:
MC マサ古山!

マサ"FRESH"古山ですね(笑)。

古山何ていうの?

E:
古山 将大です。

Z:
メチャクチャ!普通〜...ですね(笑)。

S:
いや、まだ良いほうですよ(笑)。

DJ KANなんて、山本ヒロシですからね。

一同:(爆笑)!!

E:
僕の名前は田中将大とまったく同じ字ですね。

ええ、韻踏の"マー君"ッス!

Z:
何か言ってますよ、この人(笑)。

S:
一時期キャップもイーグルスの被ってましたね。

E:
仙台で思わず買っちゃいました。

一回しか被ってないですけど。

Z:
ずっと被らないと(笑)。

E:
いえいえ(笑)。

仙台のライブの時だけですよ。

Z:
"E"マークから虎を出さなきゃダメですね(笑)。

誰かに描いてもらって、セ・リーグとパ・リーグのコラボで。

それにしても、そんなに賢かったんですね!

E:
そうですね、だから何もしてなかったんですよね。

中学生からは、逆に勉強をしなくなって、宿題とかも全部飛ばしてましたね。

Z:
お母さん、泣いてたんじゃないですか?

『 ど...どうしたんやろ......ウチのマー君... 』って。

E:
親父はとにかく勉強しろ! ってよく言ってました。

名古屋大学を卒業した人で、とにかく大学を出ないと話にならない、みたいな感じでしたね。

Z:
じゃあ、農芸高校に行った時は落ち込んだんじゃないですか?

E:
多分、泣いてましたね(笑)。

そういえば確か、高校の時だったかな...

受験の時にペン回しが流行ってたんですよね。

机に向かって勉強しながら、ペン回してたら、親父が部屋に入ってきて、いきなりペンを折られたことありますね。

『 何で分かれへんねや!!! 』みたいなこと言われて(笑)。

で、高校入ってからは、ずっとラグビーです。

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Z:
農芸アイス食って、ラグビー?

E:
そうですね、アイス食って(笑)。

授業なんかそっちのけでラグビーしてましたね。

授業を受けなくても、ラグビーやってれば卒業できるって伝説があったので。

Z:
それで卒業できました?

E:
できましたね。

Z:
すごい学校ですね(笑)。

E:
俺のひとつ下の後輩は落第してましたけどね。

Z:
ラグビーはどうでした?

E:
俺の高校、ラグビーはメチャクチャ弱かったんですよね(笑)。

練習やりまくっても弱くて。

人数もギリギリ16人で、3年生が抜けたら12人になってしまって、もう試合出れない! みたいな。

だから試合ができるのは、人数が揃う1学期の間だけなんですよ。

練習はかなりハードにやってましたけど、3年間で6試合ぐらいしかやったことないんですよね(笑)。

意味ない! みたいな。

Z:
一体、どこで燃えるんですか?

試合もしないで(笑)。

E:
一応、ラグビーやってたらイキれるんですよ。

真面目に部活動をやってたのは、ラグビー部と野球部ぐらいのものでしたから。

そんな中でラグビーは超キツかったですね。

イキってました(笑)。

Z:
でも、その頃もラップやってたんですよね?"MASA"で。

E:
高校3年生ぐらいからですね。

高2ぐらいから、梅田のCLUB DOWN行って、"ラップヌードル"とかで遊んでましたね。

Z:
へえ〜、クラブへ行こうと思ったんですね。

E:
アメ村にあるフライヤーを見て。

Z:
なぜラップをしようと思ったのですか?

E:
え〜っと、一番最初に、できると思ったのと...。

Z:
"できると思ったのと..."って!

なるほど、本読んでるからね(笑)。

E:
もともと小学生の頃、アナウンサーになりたかったんですよね。

S&Z:(爆笑)!!!

E:
よく喋るのが格好良いと思ってたんですよ。

映画の『 ビバリーヒルズコップ 』を観てて、エディーマーフィーが喋る時って、すごい手振りとか入るじゃないですか。

ああいうのが格好良いな〜! って思ってたんですよね。

Z:
すごい所からラップに入ったんですね!

古山君、学校でエディーマーフィーやってたでしょ?

E:
いや...まあ、そんなこともないですけど(笑)。

最初にKANと知り合った時に、

Z:
あ、そっか、DJ KANは同じ学校ですもんね、山本ヒロシ君は。

S:
ヒロシ山本(笑)。

E:
それで俺がチャリンコにEAST17のステッカーを張ってたんですよ。

Z:
何それ?

E:
イギリスの超ダサいアイドルラップグループなんですけども。

ダッサいんですよ、白人4人組でシャンプーとかと同じ路線ですね。


EAST 17
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Z:
それはなぜ聴いてたのですか?

E:
FM802とかでかかってて、おお!カッケェ〜! みたいな(笑)。

Z:
じゃあ、EAST17がERONEのラップのきっかけなんですね?

E:
いえ、そんな感じでもないんですけど。

中学生ぐらいの頃からロックをずっと聴いてたんですよね。

音楽に目覚めてから、すぐに洋楽を聴くようになって、BON JOVIとか聴いてましたね。

普通に流行ってましたから(笑)。

Z:
鬼奴ですね(笑)。

E:
MR.BIG、STEVE VAIとか観に行ったりしてたんですよね。

Z:
STEVE VAI! 伝説のギターリストじゃないですか。

ギター弾けるんですか?

E:
高校の時に、バンドやろうって話になって、俺はやる気なかったんですけど、ベース買いました。

全然無理でしたね!1ヶ月で売りました(笑)。

スケボーも1ヶ月で売りましたね、いらん! みたいな。

Z:
出来ない!みたいな?

E:
ええ、全部無理!って感じでしたね(笑)。

それでロックを聴いてると、たまにラップっぽい手法が入ってて、これは何やねん?って思ってたんですよね。

その辺でラップっていうものを何かで意識し始めたと思うんですよ。

一番初めはWILL SMITH、THE FRESH PRINCEとJAZZY JEFFの♪BOOM!SHAKE,SHAKE,SHAKE THE ROOM〜♪ってラジオで流行ってて(笑)。

うわっ! メッチャ格好エエ〜!!!って思ったんですよ(笑)。

その頃からですね、HIP HOPに気付き始めたのは。

SNOOPのWHAT'S MY NAMEとかも超流行ってましたね。

当時、『 100%RAP! 』みたいなダサいコンピがよく出てたじゃないですか。

そんなのを聴きあさってましたね。

英語を聴いて耳コピして、カタカナでノートに書いてましたね(笑)。

Z:
なるほど(笑)。

E:
あとは2 UNLIMITEDとか(笑)。

Z:
2 UNLIMITED?

E:
♪NO〜NO〜、NO〜NO,NO〜NO〜THERE'S NO LIMIT!♪

知らないですか?

Z:(爆笑)!!

アレですね。

E:
それとかをKANとシッブいな〜!って話してましたね。

Z:
それを今やらないと!

ソロユニットとして。

MCマサ古山とDJヒロシ山本(笑)。

E:(爆笑)!!

Z:
韻踏の前座でやると、かなり盛り上がると思いますよ!

E:
ユーロっぽいヤツで(笑)。

エレクトロも流行ってることですし。

Z:
ICE ICE BABYとか。

もう、ダサいの全部行く!! みたいなので(笑)。

E:
その後ぐらいにスチャダラのブギーバックとかが流行ったんですよね。

Z:
ブギーバックは良かった?

E:
ブギーバック良かったですね〜。

その前からスチャダラパーは知ってたんですけど、買うまでは至らなくて。

今夜はブギーバックあたりから、買ったりレンタルしたりして聴くようになりましたね。

あと梅田でLB祭りみたなのやってて、そこでキミドリのライブに衝撃受けましたね。

Z:
キミドリはシブかったですね!ハードコアでしたから。

E:
ハードコアでしたね。

Z:
ハードコアのライブへ行ったら、前座でキミドリが出てましたもんね。

E:
高校卒業したぐらいに"愛と誠"とかも行ってましたね!SHAKA ZOMBIE来るやん〜! みたいな。

Z:
好きなんですね!

E:
昔はクラブに行っても、ライブしか楽しみじゃなかったんですよね。

正直、DJの時はしんど...って思ってました。

なのに、9時ぐらいから行ってましたね(笑)。

S:
コンサートノリですもんね。

Z:
ライブまで待って、ライブ終わったらファミレスで始発まで待って帰る、みたいな。

高校の時はスチャダラ周辺、LBをずっと聴いて、ECDとかも聴くようになって、カミナリ、YOU THE ROCK、TWIGYとかそっち方面を掘っていった感じですね。

浅ヤンとかラップ系の番組も全部観てて、もし何かあるんやったら。

Z:
"もし何かあるんやったら"(笑)。

E:
浅ヤンでカミナリ特集をやってて、それをビデオに撮って、繰り返して観てましたね。

Z:
それは何歳ごろですか?

E:
17歳とかですね、高校3年ぐらい。

農芸高校の時です。

Z:
農芸アイス食べながら?

E:
アイスを食べながら、はい。

ビーフは無しだぜ! とか言いながら(笑)。

Z:
ビーフ(牛)は神ですもんね!

E:
それで学園祭でライブをやろうってことになったんですよね。

ちょうどその頃リリックも冗談で書いてたんですよ。

友達でターンテーブル買った奴が居たんで、そいつをDJにしてライブをやるって流れになったんですよね。

俺がリリックを書いてたら、KANがカラオケをやろう! って言い出したんですよ。

スチャダラのジゴロ7とかをやろうって言ってきたから、『 いや、KANそれは違うぞ。やっぱりオリジナルな歌詞じゃないと、始まらんねや! 』って言ってやったんですよ。

Z:
おお!カッコええ!また、パンチライン出ましたね!

S:
出ましたね〜、2つ目のパンチライン。

Z:
何でMCバトルで出さなかったんですか?

一同:(爆笑)!!!

E:
出なかったですね(笑)。

Z:
出すの1週間ほど遅かったですね(笑)。

E:
そうですね〜(笑)。

それが初めてのライブでしたね。

写真もバッチリ持って来てるんで。

Z:
その時のリリックって、今歌えますか?

E:
歌えないッスね〜。

ノートには残ってるんですけど。

Z:
ちょっと待って下さい...本当は、歌えるでしょ?

E:
ビデオで残ってると思うんですけどね、ダサいんですよそれがまた。

LBっぽいのとカミナリの間みたいな感じで。

Z:
それはかなり見たいですね!

E:
家を探せば、多分あると思うんですけど。

Z:
それYOU TUBEにアップしましょうよ(笑)。

S:
今回のインタビューの写真の代わりに動画をね?

Z:
そうそう。

E:
家で探してみます。

それでもヒドいですよ〜!

Z:
やっぱり、韻踏も昔はこんなにダサかった! っていう歴史を見せないと。

E:
JAY-Zも学生の頃のライブとかありますもんね。

Z:
ほら、そうでしょ?

E:
ただ、それとはレベルが違い過ぎますから(笑)。

Z:
いやいや、それはニューアルバムに映像も付けなきゃダメですよ。

買った人は、韻踏の最新の映像だ! って思って観たら、ERONEの学祭のライブっていう。

E:
小節数すら分かってなかったですからね。

何小節かも分からないくらい長い小節でラップしてて。

Z:
よく歌えましたね。

E:
歌えましたね〜。

みんなもSAY HO〜!知らんのに、SAY HO〜!が返ってきて。

Z:
ライブはどこでやったのですか、学校?

E:
体育館ですね。

文化祭みたなのがあったんですよ、農芸祭っていう。

文化祭っていろいろ出し物とかあったりするじゃないですか。

農芸祭はそれと違って、大根売ったり、野菜を近所のおばさん達に提供するみたいな。

その中での唯一の娯楽がライブだったんですよね。

軽音の奴らがライブやってて、そこに俺らが飛び込みでラップやる、みたいな。

ターンテーブル持ち込んで機材繋いでやったんですよね。

まあ、言えばブロックパーティーですね!

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Z:
カッコ良い!カッコ良いけど、カッコ悪〜(笑)。

E:
そのライブで1つ下の後輩が、最後のほうにポッセカットみたいな感じで乱入してくるんですよ。

それでKANも上げて、ラフィンノーズのコピーバンドしてた奴も上げて、みんなにも歌わせたりして...。

リリックみんなに書かせてましたから。

パーティーポッセみたいな感じでやったんですよ。

Z:
パーティーポッセて(笑)。

E:
その時にユニコーンのカバーをしてた後輩が居るんですけど、そいつらは現在SONYでやってるんですよね。

Z:
あ、イナズマ戦隊?

E:
そうです、そうです。

その頃からイナズマ戦隊でやってたんですよね。

Z:
すごい!

売れるまでかなり時間がかかったんですね。

E:
4人中、3人が高校の時のメンバーなんですよ。

そいつらより盛り上げましたよ。

それが初ステージですね。

Z:
ウケた?

E:
ウケましたね。

何やねん!それ? みたいになってましたね。

Z:
当時、ラップってそんなに知られてないですもんね。

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農芸祭でMCデビューした古山 将大!!

ブロックパーティー、パーティーポッセ...。

ラグビーに! アイスクリーム! ヒップホップ! なハイスクールライフ!!

次回、ERONEインタビューパート3は、料理の道へ...。


次回更新日は3月1日月曜日です!

ER-ONE其の一

10/02/15

ZERO MAGAZINE、さて今回のインタビューは?

その大きな身体から放たれるマシンガンのように軽快なバズーカラップ!!

韻踏合組合、CHIEF ROKKA→MC ERONE君です!

なぜか保護者役として、組合村長ことSATUSSYも相席しての爆笑インタビュー!

それでは、今回も当然のごとく普通ではない切り口でスタート!!!

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ZEROMAGAZINE(以下Z):
どーも!

ER-ONE(以下E):
どーもです!

Z:
明けましておめでとう!もう1月も6日ですが(笑)。

E:
おめでとうございます!

Z:
本日はIFKの事務所でERONE君と、その付き添いに村長(笑)!

SATUSSY(以下S):
村長こと組合長ことSATUSSYです!

Z:
まず、ER-ONE君!名前はなぜERONE?

E:
え〜っとですね、もともと僕のあだ名が"エロ"だったんですよ。

Z:
それは何歳からですか?

E:
小学校......4年ですね!

Z:
早すぎますね(笑)。

E:
僕、子供の頃は親父の都合で引っ越しが多かったんですよ。

それで前の土地から今の土地に引っ越して来たんですよね。

前に住んでた所は男女でそれなりに遊んでたんですけど、新しく引っ越した所は男女であまり遊ばない雰囲気だったんです。

ちょうどサッカーしてた時に、小5の先輩を見に来てた女の子が居て...
先輩に『 女の子見に来てますよ 』って言ったら、『 お前、エロいな! 』って言われて(笑)。

そこから"エロ"になったんですよね。

Z:
全然、エロくないでしょ(笑)?

E:
エロくないですね(笑)。

それでずっとエロって呼ばれてたんですけど、高校の頃にラップを始めたんですよ。

MC MASA & DJ TAKAって名前でやってて。

まあ、DJ TAKAってのもターンテーブル持ってない奴なんですけど(笑)。

学祭か何かで初めてライブする時に、フランスに留学してる友達が居て...。

Z:
さっきから、すごくセレブな感じですね(笑)!

子供の頃にハワイへ行った話とか。

E:
で、そのフランスに留学してる友達に『 MC MASAでやってんねん 』って言ったら、『エローン・ペローン・ヒローンみたいにやろや 』って言われて(笑)。

マサヒロ、タカヒロでやってましたからね。

それでエローンだけを気に入って、ERONEにしたんですよ。

17歳ぐらいの時ですね。

そこからERONEです。

Z:
でもエロかったんでしょ?

E:
いや、そんなに実際はエロくないんですよね(笑)。

Z:
今はエロいでしょ?

E:
エロイ!ってよく言われるんで、じゃあそれを売りでいこう!かなって感じですけど。

結構、奥手ですよ。

Z:
じゃあ、それは村長に確認してみましょう!

E:
そんな性癖までは知らないと思いますけど(笑)。

Z:
村長、どうですか?

S:
そうですね〜、3Pは一緒にしてないですね(笑)。

どうなんですかね? 真面目なんじゃないですかね。

Z:
そうなんですか?

E:
ええ、意外とエロくないという...。

Z:
じゃあER-ONEを改名しましょうよ。

E:
はい! 俺も遂に。

Z:
2010年だし、区切り良いですから今日にでも改名しましょう。

E:
一度、改名しようと思ったことあったんですけどね。

みんなにやめとけ!って言われましたね(笑)。

Z:
今だからこそ変えましょう!2010!!!

もう一回、MASAに戻す?

E:
MC MASAはさすがにヤバいでしょ(笑)?

Z:
何か、初期ヒップホップのグループみたいな感じですよね(笑)

MC MASAとか、そういうの多かったでしょ?

E:
はいはい(笑)。

MASA Bとかね。

Z:
MASA FRESHとか。

一同:(爆笑)!!

E:
良いですね〜!MASA HERCとか。

Z:
おっ!MASA HERC良いじゃないですか!MC MASA HERC(笑)。

E:
一気にオールドスクールに戻りますね(笑)。

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Z:
それぐらい行かなきゃダメですよ。

ERONEは自分も飽きましたね。

アルバムも出たことだし、韻踏で2010年ニューアルバムの時は...。

"MC MASA HERC"!

"M・M・H"で(笑)。

E:
MASA HERCはヤバいですね(笑)。

Z:
MASA FRESHのほうが良さそうです?

E:
MASA FRESHはちょっと気に入りましたね。

Z:
FRESH MASAとかね(笑)。

E:
プロレスラーみたいになってますやん!

GREAT MASAみたいな(笑)。

Z:
そう言えば、この前HIDADDYもヒダやんに戻すって言ってましたね。

E:
それじゃ、SATUSSYもSAT-Cに戻りますよ(笑)。

S:
もっとすごい名前がいろいろあったんですけどね。

Z:
それSATUSSYのインタビューの時に聞いたんですけど、データ消えてしまったんですよね。

そこの部分を1時間ぐらいかけてインタビューしたんですけど(笑)。

E:
SAT-Cの前はさすがに僕も知らないですね。

Z:
高校生の時に岡山のクラブに行って、ポツンと一人で観てたとかね(笑)。

E:
その時のMCネームがあるんですね、ヤバいですね〜!

Z:
ERONEさん、改名しましょうよ。

E:
はい、検討します!

Z:
頼んでおきますよ!

次のニューアルバムで名前変わってなかったら、抗議のメールをIFKの事務所に5000件送らせますから(笑)。

E:
怖い(笑)!!

Z:
話を戻しますけど、子供の時はサッカーやってたんですね?

E:
まあ、小学校の時だけですけどね。

俺が卒業してから4年後に全国大会行ってましたね。

Z:
マジですか!

小学校の時はどんな子供でした?

E:
小学校の時ですか...ケツプリって呼ばれてましたね、体育の時は(笑)。

ERONE5.jpg

Z:
なぜですか(笑)?

E:
走ってる時にケツがプリプリしてましたからね。

Z:
昔、ヒガプリって人居ましたね。

E:
居ましたね!ヒガモプリンスですね。

S:
ヒダやん情報によると、最近東京でやってるみたいですよ。

Z:
ヒガプリとケツプリでやったらどうですか?

E:
プリプリ(笑)。

Z:
PRINCESS PRINCESSみたいな感じで(笑)。

『2010年のプリプリは! ヒガプリとケツプリで!』みたいな。

E:
PRINCE PRINCEですね(笑)。

Z:
どう?

PRINCE PAULみたいでしょ?

E:
良いですね、PRINCE繋がりで。

Z:
PRINCE PAULにプロデュースやってもらいましょうよ。

E:
ええ、それだったらやろうと思いますね(笑)。

Z:
JERMAINE DUPRIの次はプリプリで。

E:
JERMAINE DUPRIもプリ繋がりですね!

プリの時代ですね〜。

Z:
もう、MCプリケツにしたら良いんじゃないですか?

M.P.K.。

E:
ケツプリからプリケツに変わってしまってますね(笑)。

え〜っと、小学校の時は何をしてたかな...無趣味でしたね。

Z:
別にどうってことない感じですか?

E:
小学校は3回ぐらい変わってるんですよ。

Z:
もともと大阪ですか?

E:
いえ、奈良で生まれて、そこから岡山へ行って、堺行って、北海道行って、また大阪に戻ってとか8回ぐらい引っ越ししてるんですよね。

Z:
ヤバいですね。

E:
生まれてから小学校4年ぐらいまでで、7〜8回引っ越ししてますね。

Z:
友達が全然できないですよね?

E:
そうですね、早い所だと半年で引っ越したりしてたので。

まったく友達ができなかったですね。

Z:
寂しかったですか?

E:
そういうもんなんやな、って思ってましたよ。

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Z:
ウチは引っ越しする家なんや! と?

E:
そんな感じですね。

Z:
中学校時代は、落ち着いてたのですか?

E:
そうですね。

Z:
大阪?

E:
河内長野市の東中っていう田舎の学校ですね。

Z:
そこではまだ爆発してなかったですか?

E:
全然ですね。

中学校の頃はスレてて、写真なんか1枚も撮ってないですね。

だから中学校の写真が無いんですよ。

入学式の写真の次は卒業式みたいな感じで。

『 思い出は残さねぇ! 』みたいなこと言ってて(笑)。

Z:
(笑)!

S:
今のパンチラインじゃないですか!?

Z:
良いですよね〜。

『 思い出は残さねぇケツプリ 』みたいな。

E:
ほんとに(笑)。

いや〜、でもまったく写真を撮ってなかったですね。

Z:
それはなぜですか?

E:
小学校の友達はみんなヤンキーになってたんですけど、僕はヤンキーになることもなく、かと言って音楽を聴いてるわけでもなかったんですよね。

何してたかな〜? 本ばっかり読んでましたね、多分。

Z:
本って漫画ですか?

E:
小説とかですね。

Z:
中学校で?

E:
はい。

Z:
すごい!勉強家ですね。

E:
小学校4年ぐらいから、活字中毒みたいになってて。

S&Z:

活字中毒!?

E:
ええ、活中です、活中。

S:
活中ですか(笑)。

E:
1日1冊ペースで読んでた時もありましたね。

Z:
マジですか!?

1日1冊読めるんですか?

E:
読めますね。

Z:
今は?

E:
今は、たま〜にですね。

月に1冊も読んでないですね(笑)。

面白そうなのがあったら買うんですけど、読んでない本が溜まってますね。

Z:
それにしても1日1冊はすごいですね。

S:
ハイペースですよ。

E:
子供向けの本から、何でそんなの読んでるの? って本まで。

Z:
それは今のMCに反映されてますか?

E:
う〜ん、どうですかね〜?

Z:
出てないですね。

一同:(爆笑)!!

E:
内容はあまり憶えてないですけど、とりあえず暇な時は本を読んでましたね。

Z:
じゃあ、今は暇ではないって感じですね?

E:
そうですね、逆に読めなくなりましたね。

集中力が続かなくて。

他には普通に友達とファミコンとかやってましたけどね。

一人の時は本を読むみたいな感じですね。

Z:
中学校はあまり面白くなかったんですね?

E:
中学校は全然面白くなかったですね。

Z:
高校はどうですか?

E:
高校は農業の高校へ行ってたんですよね。

Z:
いきなり来ましたね(笑)。

何をしてました?野菜を作ったりですか?

E:
俺が行ってた科目は食品加工科ってところで、イチゴジャムを作ったりですね。

写真もあるんですけど。

Z:
おお!

アツいですね〜!!

E:
作業着みたいなのを着て、缶詰作ったりもしてましたね。

3つの科目があって、1つはハイテク農業科ってとこで。

Z:
バイオですね!

E:
そこにDJ KANが居たんですよね。

Z:
そうなんですね!

農業繋がりですね。

E:
あとは資源動物科ってところでは、牛とか豚の世話するんですよ。

Z:
殺したりとかですか?

E:
殺したりはしないですけど、豚のチンポを去勢...。

Z:
チンポ!?去勢??

E:
ええ、豚のチンポ去勢するの見てたりとか。

Z:
どうするんですか、去勢って?切ってしまう?

E:
俺は実際に見たことないんですけど、バーン!って去勢するじゃないですか。

その去勢したアレをエサの所に放り込んでやったら、豚がグワーッて食うらしいですね。

Z:
自分のチンポを?

E:
はい。

Z:
うぅぅぅ〜わぁぁ〜....。

E:
とにかく雑食みたいなんですよね。

Z:
豚って凄いって言いますもんね。

昔、イギリスのギャング映画で死体処理する時にバラバラにして豚に食わせてましたね。

E:
『 ハンニバル 』とか『 SAW 』とかでもそんな感じでしたね。

イノシシ系だから超雑食ですよ。

また豚がデカいんです!

Z:
豚に乗りましたか?

E:
豚に乗ったら退学なんですよ。

牛を蹴ったら停学とか、いろいろありました。

Z:
じゃあ、矢吹ジョーは退学ですね。

少年院から豚に乗って脱走しますから(笑)。

E:
そうですね(笑)。

牛とか豚に手を出したら、停学とか退学とか罰がありましたね。

Z:
牛とか豚は神なんですね?

E:
そうですね、アラーみたいな(笑)。

S:
インド的な感じですね(笑)。

E:
学校で牛とか豚とか食ったりしなかったですね。

ただジャムとか、牛乳のアイスとかを昼休みに売り出したりしてました。

Z:
それは美味しかったですか?

E:
めっちゃ美味いんですよ!

Z:
いくらで売ってました?

E:
40円ぐらいですね。

S&Z:安い!!

E:
農芸アイスや農芸ジャムって言うんですけど、これが美味くて。

そればっかり食ってましたね。

S:
でも自分で作って、それを買わされてたら意味が分からないですね(笑)。

E:
それは先生達が加工して作ったのが売られてるんですよ。

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文学少年の小学生を経て、スレた中学時代を過ごす...。

一転、料理人を目指して農芸高校へ!

話が脱線してもそのまま突き進むインタビューはさらに快速で進みます!

次回ERONEインタビューパート2、青春の高校時代をさらに掘り下げます!!


次回更新日2月22日金曜日です!

MASATO其の三

10/02/08

ASSFORTを軸にしながら...

さらに新たなる活動を繰り広げ...

音楽のフィールドを抜けて出て意外なところまで!?

最終話は現在〜未来、気になる今後の活動予定を交えたカンバセーション!

マサト君インタビュー!パート3!!!

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Z:
ASSFORTも途中で活動停止になりますよね?

M:
そうですね。

ASSFORTやってる時も、僕はチバユウスケ君とやったりとか、いろんな所でバンドやってましたからね。

Z:
でもROSSOは全然パンクじゃないですよね?

M:
まあ、ロックですね。

Z:
ずっとハードコアでしたけど、なぜロックをやろうと思ったのですか?

M:
日本の音楽も聴いてたんですよね。

THEE MICHELLE GUN ELEPHANTも企画に呼んだぐらいですし。

高校生の時もパンクやハードコアを聴きながら、BLANKY JET CITYとかも聴いてたので。

チバユウスケ君が誘って来たんですよね。

Z:
もともと面識があったのですか?

M:
誘われた時はもう面識がありました。

僕がよくライブを観に行ったり、逆に観に来てくれたりしてて。

川村カオリさんがやってるイベントで僕がドラム叩いてたことがあったんですよ。

全国をバスツアーで回る"696"ってイベントだったんですけど。

大阪のBAYSIDE JENNYでやってた時に、チバ君がDJで来てたんですよね。

そこでチバ君に『 こういうロックなドラムも出来るんだ 』って言われたんですよ。

僕はずっとハードコアのイメージでしたから。

そこで『 バンドをやりたい 』みたいなことを言ってくれて、ROSSOを組んだのかな。

Z:
ROSSOでやってみてどうでした?

M:
ずっとアンダーグラウンドな世界でやってきてましたからね。

世の中的にBLANKY JET CITYのメンバーとTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTがバンドするっていうのは、やっぱりすごい事なんですよ。

Z:
そうですね。

M:
面白い経験させてもらいましたね。

どこの会場へ行ってもSOLD OUTだし、イベンターやスタッフの扱いも全然違うし、そういう世界を覗けて面白かったですね。

音楽的にもすごく勉強になりました。

Z:
ROSSOは何年やってたのですか?

M:
アルバム1枚とツアーを1本回っただけなので、1年ぐらいですかね。

Z:
なぜヤメたのですか?

いつもなぜヤメたって聞いてますけど(笑)。

M:
チバ君もTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTをやってたんですよ。

Z:
あ、ROSSOはTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTをやってる時に結成されたんでしたっけ?

M:
1年ぐらい休んでた時にROSSOをやってたんですよね。

それでチバ君はTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTに戻って、照井さんはその時バンドをやってなかったんで、1本でやりたいみたいな感じでした。

僕は僕でASSFORTをやってましたからね。

メンバーにするんだったら、他で何もやってない人が良いって話にもなり、じゃあもうできないねって流れで僕が居たROSSOは終わりましたね。

Z:
じゃあ、一度ROSSOは終わってるんですね。

M:
そうですね。
その後THEE MICHELLE GUN ELEPHANTが解散してから、チバ君と照井さんとFRICTIONってバンドのギターとベースでまた始めたんですよ。

Z:
それでASSFORTもやってましたけど、活動停止しますもんね。

M:
そうですね。

ボーカルの人の家庭の事情なんですけども。

Z:
その時はどうでした?

M:
いや〜、ショックでしたね。

とりあえず、年に1回か2回でもできればいいなって思ってたんですけど、それも叶わず活動休止って感じですね。

その間、僕も友達の手伝いとかでロシアへ行ったりとかしてましたね。

Z:
モトアキ君とやってましたよね?

M:
そうですね(笑)。

Z:
『 そうですね(笑) 』って!笑ってるじゃないですか(笑)。

M:
モトアキの話をすると書けないことばっかりですからね。

Z:
それからHELLBENTやるまでどれぐらい期間があったのですか?

M:
HELLBENTまでは1年ぐらいじゃないですかね。

Z:
結構、いろいろやってますよね。

M:
そうですね。

とりあえず動きは止めたくないなって思ってますんで。

Z:
HELLBENTは、なぜやろうと思ったのですか?

M:
HELLBENTのギターの人が亡くなって、追悼のイベントがあったんですよ。

知り合いだったし、昔から一緒にやってたのもあったので、ライブを観に行ったんですよね。

久しぶりに観たら、お!すごい格好良いぞ!!と。

Z:
その時のHELLBENTはオリジナルメンバーで出てたのですか?

M:
ほぼオリジナルメンバーですね。

Z:
ドラムの人もですか?

M:
そうですね。
それでLIQUID ROOMにSOUL SETか何かを観に行った時に、HELLBENTのベースのユウイチ君が居たんですよ。

最近どう?みたいな話をしてたら、ユウイチ君が『 バンドで激しいのをやりたい 』って言ったんですよね。

その時、僕はバンドやってなかった時期だったから、『 HELLBENTやりたいんだけど 』って自分から話したんですよ。

Z:
自己申告?

M:
そうですね。

そしたら『 いいよ、やろう! 』って話になりました。

ボーカルのテル君もHELLBENTをやめてから、ずっとバンドをやりたがってたんですよ。

まあ、やめてからも何かバンドやってましたけど。

Z:
やってましたっけ?

M:
何かちょこちょこやってましたね。

まあ、仕事も忙しくてそんなに本格的にはやってなかったです。

一度辞めたバンドですから、少し考えてたみたいですけど。

テル君もやりたいってなったんですけど、ギターが居なかったんですよね。

そこでASSFORTでギターやってたヨシキ君に弾いてくれって本気でお願いしたんですよ。

そんな形でやり始めたって感じですね。

Z:
そうなんですね〜。

結構、あれですね、ちょっと止まったりって感じですね。

M:
そうなんですよ〜。

僕、バンドを10年続けたことって無いんですよね。

大変なことなんですけど。

Z:
10年続ける人ってなかなか居ないですよ。

M:
でも、やってみたいですよ、そう長く続けるっていうのを。

今から10年やるって大変ですけどね...逆に10年続けてるバンドって羨ましいですね。

10年続けちゃうと、その後もずっとやっていけそうじゃないですか。

でもバンドはバンドでやって、個人活動もやってるんで、そこそこで楽しんでいこうと思ってますけども。

2-82.jpg

Z:
そう言えば、映画出てますよね?

M:
映画出てますね(笑)。

Z:
映画はどうでした?
M:
映画はおもしろかったですよ。

Z:
何かおもしろエピソードはありますか?

M:
え〜っとですね...中村達也君が全然寝ないんですよ。気持ちが高ぶってるんでしょうね。

僕は違う部屋で寝てたんですけど、夜中の3時くらいに起きて『 チーズ食べる? 』とか『 酒飲む? 』とか言ってくるんですよ。

次の日が5時起きで撮影だったので俺は『 もう寝ろ! 』って言ったんですよね。

映画自体おもしろかったですね、初めての経験でしたから。

Z:
映画の話はどういった経緯でマサト君ところに来たのですか?

M:
豊田利晃さんって監督だったんですけど、その監督の映画を観たことがあったんですよ。

千原Jr.が出てた『 ポルノスター 』って映画だったんですけど。

それでTWIN TAILSってバンドがあって、ROVOのヴァイオリンの勝井さん、そして中村達也君がドラムで。

そのVJが豊田利晃監督だったんですよね。

演奏ももちろん素晴らしかったんですけど、映像を観てたら、豊田さん自身が撮った映画をネタとして切り貼りして映してたんですよ。

自分で撮ったものだから、何に使おうと良いんでしょうけど、僕は何か気に食わなかったんですよ。

自分の好きな映画だったし...おもしろいなって思ってた映画だったので、気に食わない!って思ったんですよ。

映画って、全編通してひとつの物語になってるじゃないですか。

Z:
確かにそうですね。

M:
自ら撮ったものを切り貼りするとは、どういうことだ!?って思って。

それでCLUBで共通の知り合いが居て、渋川清彦君って俳優の人に豊田さんを紹介してもらったんですよ。

で、その時、お酒も入ってたんで豊田さんに絡んだんですよ(笑)。

Z:
はい(笑)。

M:
あれは無ぇだろ!と(笑)。

『自分の映画を切り貼りして...俺は絶対に嫌だ!』って。

正直に言ったら、『 おもろいやん、お前〜!何してる奴だ? 』って言われて、

ドラム叩いてるって話したら、ROSSOの奴か!ってなって。

ROSSOを監督も好きだったみたいなんですよね。

それでその日はどーもって感じで終わったんですけど、しばらくしてから豊田さんから電話がかかってきたんですよ。

下北に居るから、飲まない?って感じで行ったら、今回の映画じゃないんですけど、『 お前、映画に出ろよ、すごい映画やるからよ 』って言われて。

その時はもう仲良しでした。

それは東映の映画だったんですけど、流れちゃったんですよね。

衣装合わせとかタテ稽古までやったんですけど、映画ができなくなっちゃって。

Z:
そんな無くなることもあるんですね?

M:
10億円ぐらいかかる映画だったみたいなんですけど、スポンサーが付かなかったんですよね。
さすがに10億円は集まらなかったみたいですね。

その後もよく飲みに行ったりしてて、次に仲の良い連中だけで映画を撮るってなった時に誘ってくれたんですよね。

映画は、バンドとまた違う緊張感があってなかなかおもしろい経験でしたよ。

Z:
バンドも映画も演じますもんね。

M:
まさにそうですね。

バンドマンには向いてると思いますよ。

Z:
役名何でしたっけ(笑)?

M:
蛇吉です(笑)。

Z:
蛇吉(爆笑)!

蛇吉という名前には違和感はなかったですか?

M:
僕と同じ立場というか、階級の人が4人居るんですけど...。

Z:
他は何という名前ですか?

M:
蜂助と熊造...猿...猿何とか...忘れちゃいましたけど。

あと蛇吉。

全部動物の名前が付いてましたね。

Z:
一人だけ昆虫なんですね(笑)。

M:
蜂助さん、そうですね(笑)。

Z:
マサト君、いろいろマルチにやってますよね。

M:
できることはやりたいですね。

Z:
また俳優はやってみたいですか?

M:
誘われたらやりたいですね。

そんなに本格的にお芝居してるわけじゃないので、お芝居してる人には失礼なんですけども。

役柄も限られてくると思いますが、機会があればやりたいですね。

Z:
そこを破っていかなきゃって感じですよね( 笑 )!!!

M:
そうですよね。

まあ、タトゥー入ってますからね...。

Z:
関係ないでしょ。

タトゥーはもっと増やす?

M:
気長に。

Z:
ちなみにそのタトゥーはお母さんは知ってますか?

M:
もちろん。

Z:
何も言われませんでした?

M:
いや、言われましたよ。

Z:
初めて入れたのは何歳の時ですか?

M:
20歳の時ですね。

Z:
なぜ入れようと思ったのですか?

M:
自分が高校生の頃、先輩で入れてる人が居たので格好良いなぁって思って。

同級生でも高校行ってない奴は16歳ぐらいで入れてましたね。

墨汁で入れたりもしてましたけどね。

まあ、20歳だし、大人だし入れようと思いましたね(笑)。

1個入れちゃうとハマっちゃったって感じですね。

親に見られた時は『 あんた組織に入ったのか!? 』って言われましたけども。

Z:
そりゃあね ...それで?『 入ってねーよ! 』って?

M:
ええ(笑)。

『 入ってねーよ! 』って。

親には『 もうやめて! 』って言われてますけどね。

Z:
入ってますね...やめてないじゃないですか(笑)。

M:
そうですね(笑)。

『 会う度に増えてるじゃない!...はぁ... 』って悲しい顔してますけどね。

Z:
親を悲しませたらダメじゃないですか。

M:
そうですよね(笑)、いや、親孝行しないといけないです。

Z:
さて、今後の展望は?

M:
やりたいことはいっぱいありますけどね。

とりあえず『 日本の宇宙 』も頑張らないといけないって思ってますしね。

Z:
曲はいつできますか(笑)?もうそろそろ?

M:
そうですね(笑)。

早くHIDADDYとWURA一緒にライブやりたいですね。

バンドはバンドですけど、ドラムで何かおもしろいことできればなぁって思ってますね。

何か一人でやってみたいんですよ。

Z:
ドラムで?

M:
ドラムもそうなんですけど、音源も自分で作ってみたいですね。

今後はそういう活動もしてみたいです。

自分が一人でやったら、どんな音楽になるのか知りたいですし。

Z:
もう行くとこまで行くしかないですね!

M:
もうヤメれないので。

Z:
もうヤメれない(笑)ジジイになってもやる?

M:
まあ、ある程度(笑)。


Z:
分かりました!

ありがとうございました!

M:
ありがとうございました!

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音楽、役者、表現の違いはあれど、どちらも演ずるという部分では変わりないハズ!

一度入ったこの世界、死ぬまで続けるという意志は真のアーティストの姿ではないでしょうか?

次回の更新日は2月15日月曜日です!

MASATO其の二

10/02/01

マサト!インタビュー、パート2!

高校生になり、パンク/ハードコアの洗礼を受け、サウンドも鋭く尖り始める。

もはや地元では不完全燃焼を感じたマサトは単身、東京へと飛び込んで行った...。

2-1.jpg

Z:
一番最初のPUNKは何を聴きましたか?

M:
ベタベタですけど、SEX PISTOLSですね。

Z:
マサト君の年齢ならSEX PISTOLS以外にも色々あったでしょ?

M:
SEX PISTOLSを聴いた時は全然何とも思わなかったんですよ。

まあ、ロックだなって感じでピンと来なかったですね。

それから本で読んだり、近所のスケートやってる奴に教えてもらったりして、G.B.H.を聴いてコレだ!!!って思いましたね。

それで高校生になって、いろいろ調べてたりしてたら、近所でそういうライブをやってるらしい、ということが分かって。

それでライブに行ったら、緑の髪の毛の人とか、鋲がいっぱい付いてる人とかがたくさん居て、これは怖いぞ!と(笑)。

Z:
ここは危ないぞ!と(笑)。

M:
当時、高校生で20歳ぐらいの先輩のバンドを観てましたね。

Z:
宇都宮の地元のハードコアバンドですか?

M:
そうでしたね。

Z:
ちなみにバンド名は?

M:
マネキンとかいうバンドでしたね。

Z:
マネキン!やっちゃってますね(笑)。

M:
まあ、一番ボス的な感じだったんですよね(笑)。

でも格好良かったですね。

チケットが1000円ぐらいで安かったんですよ。

ライブに行くと、その日に出てるバンドのテープをくれるんですよ。

Z:
1000円でお得ですね!

M:
テープには4バンド2曲づつぐらい入ってましたね。

外国のも聴いてましたけど、そういうライブに行くうちに日本のモノもいろいろ聴くようになったんですよね。

SxOxBやLIP CREAM、GAUZE、DEATH SIDE。

Z:
いわゆる名の知れたハードコアのバンドですね。

M:
日曜日に友達と新宿のアンチノックに行ったりもしてました。

Z:
名の知れたバンドで一番最初に観たのは何でした?

M:
ASSFORTでしたね。

宇都宮に来たんですよ。

これは全然違うぞ!って思いましたね。

それまでは、地元の先輩バンドが一番格好良かったわけですからね。

Z:
マネキンですよね。

M:
そういえば、万引きチョコレートってバンドも居ましたね。

Z:
万引きチョコレート!そっちのほうが名前がイケてますね!

M:
にら子供っぽいバンドだったんですけど。

ちょっと面白い感じで、メタルっぽくて上手かったですね。

とにかく東京のバンドは様子が違うぞ!と。

まず見た目からして格好良かったですね。

それでASSFORTのドラムの菊地君って人と後に仲良くなるんですけど、年齢は僕のひとつ上でしたね。

Z:
その時は何歳でした?

M:
僕が17歳で、菊地君は18歳でした。

その人は15歳からASSFORTやってましたから。

やっぱりスゲェな〜って思いますね。

Z:
じゃあ、一番衝撃を受けたのはASSFORT?

M:
まあ、そうですね。

東京のハードコアで初めて観たのはASSFORTでしたね。

Z:
燃えた?

M:
何か格好良いぞ!と。

曲も良かったですしね。

それでやっぱり東京へ行かなきゃいけないと思いましたね。

Z:
それで東京へ行ったのですか?

M:
その前に1年ぐらい地元で働いたんですよ。

Z:
何をしてたのですか?

M:
ジーパン屋さんですね。

ジーンズショップと言いますか...ミシンで丈詰めしたりとか。

Z:
そういうのをやってたんですね。

M:
やってましたよ。

販売員です。

Z:
シブいですね〜!

M:
19歳頃にバンドをやりたいなと思って東京出てきたんですけど、友達が全然居なかったんですよ。

それで地元の女の先輩がASSFORTのドラムの人と付き合うようになって、そのドラムの人と一緒に住んでたんですよ。

こんな事言っていいのかな?

まあ、いいや(笑)。

で、友達いないからそこに訪ねて行くじゃないですか。

Z:
ええ。

M:
そのASSFORTの人に、『 バンドをやりたいんだけど、誰か友達紹介してくれないかな? 』って聞いたら、NO THINKのツヨシと、ミカッチョと、イーちゃんを紹介してもらったんですよね。

それでちょうど、ドラムを探してるって話になって、一緒にやるようになったんですよね。

Z:
その他のメンバーの地元はどこですか?

M:
ツヨシは茨城ですね。

ベースのミカッチョは神奈川、ギターのイーちゃんは埼玉ですかね。

Z:
あれ?NO THINKのギターって東君ですよね?

M:
初期はその人だったんですよ。

最初は曲も無いから、とりあえずスタジオに入るようになったんですよね。

Z:
ボーカルは?

M:
ツヨシですね。

Z:
ああ、居たんですね(笑)。

M:
ツヨシは初めて会った時から面白い奴って印象でしたね。

クラストの格好だったけど、子供の頃からスケートやってたんで、アカ抜けてる感じでシブかったですね。

それでまずスタジオ入ってやった曲がDISORDERの"LIFE"って曲と...。

Z:
(爆笑)!

やっぱり、そこへ行ってしまったか(笑)。

M:
はい(笑)。

あとLIP CREAMの"危機"、それと何だっけな...?

Z:
全然、曲調が違うじゃないですか(笑)!

M:
他にCHAOS UKだったかな。

ギターの人がDEATH SIDEとかLIP CREAMとか、メロディーのある日本のハードコアが好きだったんですよね。

僕やミカッチョ、ツヨシはDISORDERやCHAOS UKみたいなのが好きで。

まあ、曲を持ち寄って1曲ずつやってましたね。

Z:
すごい曲やってますよね(笑)。

M:
高円寺のスタジオでやったんですよね(笑)。

それでギターの子だけどうしてもノイズ系のハードコアが馴染めないって話になったんですよ。

メロディアスなものが好きみたいだったんですよね。

結局、ヤメるってなっちゃって、その子とは一回もライブやってないですね。

Z:
そうなんですね。

ライブは0回?

M:
0回ですね。

まだバンド名も無かったんですよ。

で、その時にLIFEのナオヤ君に手伝ってもらう事になったんです。

最初は高円寺の20000Vでその人に手伝ってもらってライブができたんですけど...2回ぐらいやってもらったのかな?

Z:
その頃は曲も出来てましたか?

M:
5曲ぐらいありましたね。

Z:
バンド名は?

M:
そのライブは飛び入りで出してもらったんですよ。

それでバンド名が無い!ってなって。

やってた曲で"NO THINK"ってのがあって、パッと見た感じ憶えやすいので、とりあえずNO
THINKに...あれ?違うなぁ〜。

最初ツヨシが何か長い名前を付けたのかな?

HEALTHY HAPPY何たらかんたら...みたいな。

それじゃ長いってことでNO THINKにしたのかな。

そんなこんなでギターでLIFEの人に手伝ってもらってたんですけど、大麻か何かで捕まっちゃいましたね。

Z:
それ言っちゃマズいでしょ(笑)。

M:
とにかく東京に居れなくなっちゃって、田舎に帰ったんですよね。

その後に僕の中学の同級生だったタケシが、少し遅れて東京に来たんですよ。

地元で居る時は一緒にバンドやっててベースを弾いてたんです。

最初はミカッチョが『 俺がギター弾くから、その子をベースで入れればいいじゃん 』って言ってたんですけど、結局ミカッチョは『 やっぱりベースがいい 』って言ったんで、タケシにギターを頼んだんですよね。

『 やったこと無いけど、いいよ 』って流れであのNO THINKの形になったんですよ。

Z:
最初はギター1台だったんですね?

M:
そうですね。

最初の7インチではクレジットに"東"って入ってるんですけど、彼は弾いてないんですよ。

Z:
そうなんですね。

M:
録り終わって、レコードを出すって決まった頃にミカッチョが東君を連れてたびたび練習に連れて来てたんですよ。

それでミカッチョ的に最初はファストコアみたいなのをやってたけど、途中から重たい感じのをやりたくなったんですよ。

メタルとかSxOxBみたいなのが好きでしたからね。

で、タケシのギターだけじゃ寂しいなってことになって、東君を入れたんですよ。

Z:
東君はどういった繋がりですか?

M:
ミカッチョの中学か高校の同級生ですね。

Z:
じゃあ、あの7インチはギター1台なんですね。

M:
そうですね。

Z:
7インチで打ち込みの曲もやってますよね?あれは誰がやろうって言ったのですか?

M:
あれは僕ですね。

Z:
なぜまた?

M:
あの頃もいろんな音楽を聴いてて、リミックスみたいなのって格好良いなって思ったんですよ。

それでレコーディングしたスタジオのエンジニアの人がそういうバンドをやってたんですよね。

DEF MASTERって言ったかな?

HG FACTから出してるバンドのメンバーの人で、レコーディングしてミックスの時にその場でこーしてあーしてって話して作ってもらいました。

Z:
そうなんですね〜。

すごいですね、その人(笑)。

M:
ハードコアでああいうことやってた人って東京では居なかったと思いますね。

Z:
確かに居ないですね。

新しかったですよ。

M:
その時のライブはメチャクチャやってましたね。

Z:
結局、NO THINKは何年やってましたっけ?

M:
6年ですね。

Z:
そんなにやってたんですね?

M:
そうですね。

Z:
長いですね〜!

M:
まあ、6年やってました。

Z:
NO THINK、はじけてましたか?

M:
そうですね〜、本当に何も考えてなかったですからね。

Z:
"脳真空"ですね(笑)。

M:
家も無かったですからね。

Z:
マジですか?友達の家を点々と?

M:
そうですね。

最初のギターの人の家に居候してましたね。

Z:
なぜ、ヤメたのですか?

M:
変な話、やりたい方向性もバラバラになってきてたんですよ。

僕がメンバー内で孤立してたんですよね。

アパレルと一緒にTシャツを作ったりしてたんですけど、メンバーはパンクとはD.I.Y.だ!ってノリで。

当時ってあんまりそういう動きって無かったじゃないですか。

Z:
無かったですね。

M:
その辺、周りの部分を気にしてましたね。

NO THINKって言ってる割には、そんなことをしたら... 。

Z:
ポップな感じだから?

M:
先輩に何か言われるんじゃないか?とか、周りのバンドに変な風に思われるんじゃないか?とか。

Z:
結局、マサト君だけヤメたんですか?解散したのですか?

M:
解散して、ムツミちゃんの追悼の時に一度復活しましたね。

その頃はもう仲も良くなってたし、ツアーも一緒に行ったりしてたので、それはみんなもやりたいって言って。

LIQUID ROOMでやった後、ANTI ROCKでやったのかな。

その時にみんな再結成したいって話してたんですけど、僕はもうASSFORTをやってたんですよね。

それでちょっとできないってなったんですけど。

ただ、BAD BRAINSが来日した時に僕にライブの話が来たんですよ。

それでその時だけ、みんなに声掛けて一緒にやりましたね。

その後はまたASSFORTに戻ったんですけど。

Z:
なるほどね〜。

ASSFORTに入って良かったですか?

M:
そうですね。

NO THINKやってた時もそうでしたけど、世界が広がりましたね。

好きなバンドでしたから。

Z:
まさか一番最初に観たバンドに入るとはって感じですよね。

M:
本当にそうですよね。

ASSFORTは最初手伝いだったんですけど、数回ライブをやるようになって、その後メンバーとして正式に入ったんですよ。

その頃、ギターが居なくて、別のところから手伝って入ってもらってましたね。

それでギターをきちんと決めようって話になって、僕とシンヤとヨシオで決めたのがヨシキだったんですよね。

それで誘いに行って、入ってもらったって感じですね。

Z:
ヨシキ君はもともとASSFORTじゃないんですね。

M:
以前はD.O.N.D.O.N.ってバンドやってて、その後はバンドをやってなかったんですよ。

あまりバンドをやるテンションじゃなかったみたいで。

それで説得したら、『 そこまで言うならやろう! 』ってなって加入しましたね。

assfort.jpg

NO THINKからASSFORTへ... 。

自分に衝撃を与え得るサウンドを求めて、模索する行動は常に現状の自分に満足しない証。

大きく広がった人脈を渡り歩きながら、終着点の見えないバンド行脚はさらに続く...。

次回は音楽活動以外の話もふまえて盛りだくさんでお送りします!!

次回更新日は2月8日月曜日です!!!
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