ZERO MAGAZINEインタビュー!
須永辰緒さん、いよいよ最終回!
自身のレーベルの話や、JAZZの解釈、最近の活動などについてもいろいろ語っていただきました!
もちろん!
ZERO MAGAZINE的に避けては通れない、あのグループとのエピソードもあります!
最終回も存分にお楽しみください!!!
Z:
ECDさんとはどれぐらいの期間、一緒にやってたのですか?
T:
え〜っと、彼がavexに入る前ですから、3年ぐらい一緒にやってたかな。
MAJOR FORCEの頃、石田さんはECD名義だったので、その後だったと思います。
ECD & DJ DOC HOLIDAY名義で作ったのは、1曲しかなくて、高橋健太郎さんプロデュースの『Tokyo Disc Jockey's Only』に収録されているヤツだけですね。
他に、TOKTO No.1 SOUL SETや福富君の楽曲なんかが入ってたコンピレーションです。
Z:
はいはい、ありましたね。
T:
MAJOR FORCEでは、ECDとDJ DOC HOLIDAYは別々に参加してますからね。
Z:
ECD & DJ DOC HOLIDAY名義では、そのコンピレーションの1曲だけなんですね。
T:
活動歴が長い割には、音源を作ってなかったね。
Z:
その後ぐらいに、GAS BOYSのプロデュースをはじめるんですよね?
T:
まず、TOOLS BARで開催してた"Club of steel"に、MUROやDEV LARGE、YOU THE ROCKやBOY KEN、BBPクルーなど遊びに来てたんですけど、そこにGAS BOYSもいたんですよ。
みんな毎週来て遊び狂ってましたね。
その頃、俺はMAJOR FROCEから作品を出してて、スチャダラパーもデビューしたぐらいの時期だったかな。
同時期にやってたGAS BOYSやYOU THE ROCKも、すごくおもしろかったんで、MAJOR FORCEに出してくださいってお願いしたんですよ。
自分がプロデュースしてどうこうじゃなくて、とにかくいいアーティストだからってことでね。
でも、MAJOR FORCEの見解としては、まだ音源を出す実力には至ってない、ってことだったんですよ。
それならばと、付き合いのあったナツメグレーベルに話を持ちかけたら、自分でレーベルをやったらどうですか? ってことで、やらせてもらうことになったんですよね。
Z:
Rhythmですよね。
T:
そうです。
最初はレーベルっていっても、何をどうしていいのか分からない状態だったので、DUB MASTER X宮崎さんやエマーソン北村さんといった先輩の方々から助言を受けつつ、手探りで進めていきましたね。
そんな流れで、TOOLS BARに集まった連中を中心にリリースをしていくんですよ。
まずGAS BOYSを出したい、っていう思いが強かったですね。
"公衆便所"という曲が世に受け入れられるのかどうか?
っていうのを試したかったんですよ(笑)。
Z:
"公衆便所"はGAS BOYS CLASSICですよね。
T:
とにかく"公衆便所"っていう曲を出したくて、作ったんですよ(笑)。
Z:
COCOBATとやってますよね?
T:
あれはたしか新宿のUNIONかどっかでCOCOBATの坂本君と知り合ったのかな?
それでライブを観に行ったんですよ。
彼はすごいベースじゃないですか。
Z:
そうですよね。
T:
こんなすごい子がいるんだ!って思って衝撃を受けましたね。
ちょうどその頃にGAS BOYSとCOCOBATも仲良くなってたんですよ。
彼らもスケーターのシーンでモッシュとかやって暴れてましたね。
俺はもうモッシュできる年齢じゃなかったですけど。
Z:
辰緒さんは、その頃おいくつでした?
T:
30歳になってるか、なってないかぐらいですね。
他に、VOLUME DEALERSやNUKEY PIKESとか、その頃はそういったスケーター系のライブをよく観に行きました。
GAS BOYS自体もそういったシーンとの交流が強まっていきましたね。
Z:
先日、当時のフライヤーを今井君に借りたんですよね。
NUKEY PIKESと、GAS BOYS、あと大阪からR.F.D.といったメンツで代々木チョコレートシティかどっかでやったと思うんですけど。
T:
ああ、それは俺企画のヤツだね。
Z:
そうですよね。
T:
もうちょっと大きなハコで、そのメンツ+電撃ネットワークっていうのもやったことありましたね(笑)。
なかでもVOLUME DEALERSがいちばん好きでした。
自分のソロアルバムで1曲やってもらったぐらい好きです。
サイケデリック・ハードコア!これ、造語ですけど。
Z:
VOLUME DEALERSはヤバいですよね。
そういえば、3年ぐらい前にテツロウ君に会ったんですよ。
それから久しく会ってないですけど。
そのときVOLUME DEALERSが復活してて、ライブを観ましたよ。
T:
へえ〜、そうなんだ。
それで、レーベルをはじめてからは、自分で好きに出せるようになったんですけど、当時はまだ出せるレベルのアーティストが、そんなにいなかったですね。
そういう意味では結局、MAJOR FROCEのジャッジは正しかった、ってことになるんだけど、俺みたいに儲けなしで広げていくっていう動きがなかったら、次に繋がっていかないじゃないですか。
Z:
たしかに、そうですね。
T:
そういう動きがあるからこそ、目指す人が出てくると思うんですよね。
Z:
じゃあ、"公衆便所"を世に出せてよかったですね。
T:
そうだね、あれはよかったです。
Z:
やっぱりあの曲は、すごいですよ。
アナログをもらったの憶えてます。
T:
俺、あのアナログ持ってないかも。
あーゆーのって、人にあげてるとなくなっちゃうんだよね。
Z:
GAS BOYSとはいろんなことがありましたよね?
T:
まあね。
後から考えるとすごく分かるんだけど、あのときは怒り狂ってたし、自分の無力さが、ほんとうにイヤになってましたよ。
DJをやめたぐらいでしたから。
Z:
え? そうなんですか?
T:
うん。
当時は、こういう世界で生き残っていくためには、綺麗事だけじゃ済まない。
男としてやっていけない世界だなって思ったんですよ。
そんならDJをやめて別の仕事をやろうって。
考えてみるとね、ヤツらは俺の恐怖政治から亡命したいだけだったんだよね(笑)。
被害者。
Z:
実はGAS BOYSの面々に、そのあたりのことを聞いたんですよ。
彼らはメジャーから出すことをナツメグの社長さんに伝えて、辰緒さんにはどういう流れでお話すればいいですか?って聞いたら、
『じゃあ、辰緒さんには俺から言っとくよ』
って、社長さんに言われたらしいんですよ。
それでメンバーも大丈夫だと思ってたみたいなんですけど、レコーディングするときに、
『やっぱり辰緒さんに直接伝えないとヤバいんじゃないの?』
ってことになって、誰が電話するかジャンケンしたらしいんですよ。
今井君が負けて、いざ電話してみると、辰緒さんにメジャーの話が伝わってなくて、これはヤバい......ってなったみたいで。
T:
俺がメジャー移籍を知ったのは、アルバムが出るって時だったんだよ。
それで怒り狂ったものの、これで会場に乗り込んでいって、大暴れしたところで、自分が惨めだなっていうかね。
暴れるよりは、こういう世界から抜けることを考えましたね。
ナツメグの社長が立ち回っていたのも後で聞いたけど、レーベルをやらせてもらった恩もあるし、メジャーにいくことによって今までのお金を回収したりとか、そういう事情もあるんだろうなって。
でもね、筋が通ってねえじゃん、って思ったんですよ。
今まで好き勝手やってきたのに、そういう大人の世界が見えちゃったのが、なんか厳しいな...って感じたんですよね。
そういうことを考えてると、DJをやるのもおもしろくなくなってきちゃって...。
どうしてもやめられないイベント以外は、すべてキャンセルしたんです。
高木完ちゃんと、MAJOR FORCEのK.U.D.O.さんと一緒にやらせてもらってたイベントだけは続けてました。
Z:
なるほど、そうだったんですね。
自分もそういった一件でモメてたって聞いたことがあったんで。
T:
モメてたっていうかね、イヤになっちゃったんだよね。
結局、GAS BOYSはメジャーで、いいプロデューサーの元でいい作品ができて、アルバムを3枚出したのかな。
雑誌のFineとかでも見るようになって、ほんとうによかったなって思いましたね。
Z:
その後、HIP HOPから遠ざかっていった感じですか?
T:
HIP HOPは相変わらず好きだったけど、だんだん趣味が変わってきて、ネタ元のFUNKやJAZZにハマっていったんですよ。
『ULTIMATE BREAKS & BEATS』ってあったでしょ?
あれの影響が大きかったですね。
BLACKだのWHITEだの関係なく、FUNKだのPUNKだの関係なく、オリジナルのスタイルがD.I.Y.なんじゃねーの?
っていう風に頭が柔らかくなってきたんですよね。
時を同じくしてHIP HOPでは、プロデューサーのEASY MO BEEが出てきたんですよ。
EASY MO BEEの音を聴いて、今後のHIP HOPの音はこうなるんだろうなって思ったら、興味がなくなっちゃったんですよ。
サンプリングに規制がかかった時期と合致するんだけど、EASY MO BEE以降は音が太すぎるんだよね。
もともとは、サンプリングして人の曲を切り刻んで、おもしろおかしいことを、よく言えば「デュシャン」的なHIP HOPだったのに、いかに太い音を出せるかみたいな、趣味とは無縁の方向に進んじゃったでしょ?
自分のなかのPUNKなHIP HOPじゃなくなっちゃったんですよ。
Z:
たしかに、そうなってますね。
HIP HOPの音源自体、オリジナルの楽曲になっていきましたもんね。
T:
そうなんだよね。
あとは、スキル勝負みたいになってるしね。
俺は、そういったことにもあんまり興味がないんだよね。
Z:
そういうのがあって、元ネタのほうにハマっていったんですね。
T:
どっちかっていうとね。
その当時は、今よりまだ面白いHIP HOPがあったから聴いてたけど、HOUSEはまったく好きになれなかったね。
Z:
自分がその何年か後に辰緒さんに会ったときは、お洒落な感じになってました。
T:
そうでしょ(笑)。
みんなによく選曲がお洒落だって言われるけど、今まで話したような経緯があって、そういう風になっちゃってるから実は筋金入りのPUNKなお洒落ですよ。
スタイルがPUNKってことは、オリジナルってことです。
そこが自分のスタンスのモチベーションになってる。
誰もやってないことを、ダンスフロアで成立させてやる!ってことが、俺のPUNKですね。
決して気取ってるつもりはなくて、結果、お洒落になってるだけのことです。
今はJAZZだけで勝負するっていうのが、俺のスタイルですね。
そんなことを強く思ってます。
Z:
最近の活動はどんな感じですか?
T:
相変わらず人の曲の世話をしたり、REMIXやプロデュース、あとは自分の名義でカバー集のアルバムがリリースされたり、コンピレーションの『夜ジャズ』の新作も出てますね。
『夜ジャズ』はさらにしばらくシリーズでリリースされます。
DJは東京と大阪でレギュラーが4本かな。
今は好きなことしかやってないですね。
Z:
イチオシのバンドとかありますか?
T:
う〜ん、なんだろうな...あるけど最近リリースしてないからな。
相変わらずのフェイバリットは、Lou ReedとPublic Enemyですね。
そこからずいぶん距離をおいてJAZZのミュージシャンとかがいたりするけど、いま話した2つのアーティストは、自分の中でずっと変わらないです。
Z:
やっぱり、Public Enemyは、いちばん好きなんですね。
T:
ええ、Lou ReedとPublic Enemyは永遠のフェイバリットですね。
Z:
もう、HIP HOPのDJはやらないのですか?
T:
たまにHIP HOPでやってくれって言われてやりますね。
この前もHIP HOPのMIX CDが出たんですよ。
Z:
ええ、ありましたね。
かなり話題になってました。
T:
HIP HOPでやれって言われればやるけど、いまはHIP HOPのおもしろいDJがいっぱいいるから、わざわざ俺がやらなくてもいいかな(笑)。
Z:
自分はたまにイベントやってるんで、ぜひオファーしたいんですけど(笑)。
辰緒さんの違う一面を見たいといいますか。
T:
じゃあ、考えますよ。
"須永辰緒UK"じゃダメ?
Z:
あ、PUNKでもいいですよ!
それやってもらえます?
T:
ええ、いいですよ。
ベースも持っていきますよ(笑)。
Z:
JAZZじゃない辰緒さんをオファーしてみたいんですよ。
T:
Oi PUNKでよければやりますよ。
Z:
それは熱いです!
ぜひ、よろしくお願いします。
今日はありがとうございました。
T:
はい、どーもです。
いまでは薄れてしまったDJの師弟関係......。
そこで培われた反骨精神がPUNKであり、JAZZにせよ、HIP HOPにせよ、既存のものを打ち砕いて進むことがPUNKというスタイルだと痛感しました!
辰緒さんが語った、
"誰もやってないことを、ダンスフロアで成立させてやる!ってことが、俺のPUNKです"
というフレーズが印象的でした!
ZERO MAGAZINEでも"須永辰緒UK"でスピンされる日を楽しみに、今後もお送りしていきたいと思います!
次回更新日は1月16日、月曜日です!